甲子園の風BACK NUMBER
甲子園を連覇した池田高校監督の“虚無感”「蔦さんは感傷に浸れない」のナゾ…特攻から帰還→高校野球の“神様”に、蔦文也とは何者だったのか?
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2026/09/03 11:02
池田高校を率い、3度の甲子園優勝を果たした蔦文也監督
蔦監督は「神」になっていく
83年春も池田高校は甲子園を制し、夏春連覇を達成した。メディアには称賛の言葉が溢れ返り、県民栄誉賞も贈られた。蔦文也は「神」に祭り上げられていった。
田中 白川先生は、蔦さんのぶっきら棒な性格や酒に溺れるような行動も理解しようとしていた。生徒たちも、70年代くらいまでは温かい目で見ていたと思うんです。あるいは連覇の瞬間までは。でも、時代は否が応でも移る。高校生の性質も変わったように映る。「新人類」という言葉が生まれてきたように。すこしずつ蔦監督と生徒の間にすれ違いが生じていったように思います。
前田 蔦さんは「さわやかイレブン」の時に50歳で、80年代後半には65歳を超えるんですね。
ADVERTISEMENT
田中 入学する生徒の年齢は15歳なので、差は開く一方です。
前田 世代間ギャップは当然あるでしょうし、時代的にも蔦さんの抱えている心情がいまいちピンとこないようになった。もちろん、「さわやかイレブン」の球児が蔦さんと戦争について考えていたわけではないのでしょうけど、80年代はより明るい時代になっていましたし、生徒と相通じるものが少なくなっていたのかもしれません。
『監督、神になる』『戦中派』が伝えるもの
池田高校は徐々に甲子園で勝てなくなり、蔦は健康上の問題で92年春に監督を退任。9年後、鬼籍に入った。
人の性格や行動には、複数の背景がある。周囲が知りえない事情もある。なのに、現代のSNS社会は物事を一面的な方向から捉え、すぐに善悪を判断する。そのスピードが加速する昨今、田中も前田も時間を掛けて、1つの物事を深く探究し続けた。『監督、神になる』『戦中派』は、「読書の醍醐味」を教えてくれる好著である。
発売即重版!『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(田中仰)は全国の書店にて大好評発売中です。

