甲子園の風BACK NUMBER
「軍隊に馴染めなかった」名家の“お坊ちゃん”→特攻隊員になった男「戦争が蔦文也から“決定的な何か”を奪った」池田高校で甲子園を制覇するまでの苦境
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岡野誠Makoto Okano
photograph byKYODO
posted2026/09/03 11:00
池田高校を率い、3度の甲子園優勝を果たした蔦文也監督
田中 蔦さん自身「軍隊に馴染めなかった」と幾度となく発言されています。それまでの生き方や価値観がひっくり返され、困惑していた。
前田 野球の練習が厳しいと言っても、望んだ道ですし、辞める自由もある。軍隊生活には自分の意思も権利もない。そこに順応するって難しいと思います。いや、順応したくなかったのでしょう。
「戦争が蔦さんから決定的な何かを奪った」
田中 そう考えると、これから戦地に向かう学徒出陣の壮行会で酒を覚えるという話にも、リアリティがあります。
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前田 同い年は、既に軍隊に入っている。蔦さんは大学生のため、徴兵を猶予されていました。この時代の若者であれば、「もう行かざるを得ない」と考える。しかし同時に「行きたくない」という気持ちもあった。それを紛らわせるために、酒に走ったのかもしれません。
田中 前田さんの『戦中派』を読んで、青春時代に軍隊に駆り出される意味を考えさせられました。戦争が蔦さんから決定的な何かを奪ったのだと思います。《つづく》
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