甲子園の風BACK NUMBER
「ええか、戦争だけは絶対にしたらいかん」甲子園の猛将は“平和の語り部”でもあった…池田高校の快進撃が“異様な熱気”を生んだ本当の理由
text by

近藤雅人Masahito Kondo
photograph byAFLO
posted2026/08/29 11:05
池田高校を率い、3度の甲子園優勝を果たした蔦文也監督
池田野球が“異様な熱気”を生んだ本当の理由
最後に、私の仮説を述べることを許してほしい。
蔦文也氏は時代の香りを漂わせる人物だった。それがゆえに日本中から愛された。思えば蔦氏が甲子園で注目を集め出した1970年代の半ばは、公害被害と石油ショックで成長の限界がささやかれていた時代。日本人の多くが戦後という時代を振り返り内省的になっていた。そして、池田高校の快進撃を伝えた当時の若い記者の中には、60年代末期の学園闘争の経験者が数多くいて、高度成長期の推進役だった上の世代とは異なる形で、彼らもまた自らの内側に挫折を抱え70年代という「戦後」の虚無を生きていた。こうした当時の若い記者たちが池田高校の野球に共感を覚え、異様な熱気で伝えたからこそ、池田高校野球はそれまでの高校野球では見られなかったような盛り上がりを見せたのではあるまいか。
かくして戦中派と戦後派が見上げる中、「攻めダルマ」蔦文也の率いる池田高校野球部が、天衣無縫に破天荒なる打棒を炸裂させた。それはスポーツだけが見せることのできる奇跡のような光景だったと言えないか。《第1回、第2回とあわせてお読みください》
近藤雅人(こんどうまさひと)
1953年、徳島県生まれ。徳島県立池田高校、早稲田大学第一文学部卒業。元ごま書房副編集長。フリーライターを3年ほど経験した後、朝日新聞社に入社。週刊朝日百科・世界の文学編集長、メディカル朝日編集長などを歴任。
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