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「介錯してくれるのはコジしかいない」負傷、難病で立つのも困難に…天山広吉ラストマッチに小島聡と蝶野正洋の万感「ありがとうございました!」
text by

二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byAsami Enomoto
posted2026/08/25 11:02
天山広吉の引退セレモニー。狼群団、nWoでともに戦った蝶野正洋の挨拶には万感が込められていた
2003年のG1クライマックスを前に、リングネームの名付け親でもあるカナダ・カルガリーにいる大剛鉄之助のもとを再度訪れた。袈裟固めの体勢から相手の肘を逆V字にして締め上げる新技アナコンダバイスも、このときに授かったものだ。
「そのころスランプに陥っていて、何かを変えたい、何かインパクトある技がほしいと思って大剛さんに連絡したら『いつでも来い。待ってるからな』と二つ返事でした。カルガリーでは原点に戻ったつもりで、鍛えてもらいました。相変わらず容赦なく(笑)。
アナコンダバイスも『こういう技使いたいんですよね』と相談したら『こうしたほうがいい』って改良してくれて、完成しました。名付けてくれたのも大剛さん。昔、日本にもやってきたマーク・ルーインさんの“アナコンダ殺法”をイメージしたようなんですけど、猛牛なのにヘビってどうなんかな、とは思いましたね」
小島との頂上決戦で意識が……
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天山のリングネームのときと同じくまたしても最初はピンと来なかったものの、猛牛と大蛇のマッチングを結局受け入れてしまうのは毎度のこと。その年のG1決勝ではアナコンダバイスで秋山準からギブアップを奪い、初優勝を果たす。そして11月には高山善廣を下してIWGPヘビー級王座の初戴冠にも成功。新日本のエースとして団体を引っ張っていく存在となる。またしてもカルガリーがターニングポイントになった。
一方、2005年2月に小島も遅れて全日本の3冠ヘビー級王者となり、その4日後に両団体最高峰のベルトを懸けて2人はぶつかることに。
衝撃のラストは、今もプロレスファンの語り草になっている。試合時間の60分間が迫ったところで天山が動けなくなり、残り15秒でレフェリーストップとなったのだ。
ハイペースで試合が進んでいき、お互い惜しみなく大技をぶつけ合っていく。真正面から意地と意地、パワーとパワーがぶつかり、極限に達した激闘の代償として天山は脱水症状を引き起こしていた。

