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「安定した場所にとどまれば成長は止まる」西内悠人が故郷・高知で次世代へ伝えた“挑戦する力”

posted2026/08/07 11:00

 
「安定した場所にとどまれば成長は止まる」西内悠人が故郷・高知で次世代へ伝えた“挑戦する力”<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

text by

石井宏美

石井宏美Hiromi Ishii

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Takuya Sugiyama

 高知のマットから世界へと羽ばたく一人のアスリートが自らの原点へと帰ってきた。日本体育大学レスリング部で総合主将を務め、2028年の大舞台への挑戦を続ける西内悠人だ。彼が訪れたのは自身が5歳でレスリングと出会い、汗を流した高知レスリングクラブ。そこにはかつての自分のように目を輝かせ、夢を追う子どもたちが集まっていた。

 そんな西内が所属する「チーム・ニュートリライト™」にはメジャー競技からパラスポーツ、マイナースポーツまで幅広いフィールドで挑むアスリートが名を連ね、多彩な挑戦者が国内外で活躍している。90年以上の栄養研究をスポーツ現場で生かすニュートリライト™が、7月11日、勝負は身体作りから始まっているという本質的なメッセージを伝えるべく、キッズ・レスリング教室を開催。西内もその場に立ち、レスリングの技術と身体づくりの大切さを子どもたちに伝えた。

 西内がレスリングを始めたのは、幼稚園の授業で行われた膝をついて押し合うだけの簡単なレスリング遊びがきっかけだった。そこで負けたとき、あまりの悔しさにいつまでも泣き続けていたという。その姿を見た両親が「そんなに悔しいなら」と、地元の高知レスリングクラブの門を叩いた。

「家族のような場所だったし、自分のホームですね。たまに帰ってくると、自分が小さかった頃と同じように必死に練習している子どもたちの姿があって。忘れてはいけない初心を思い出させてくれる、あったかい場所なんです。試合でうまくいかない時、この場所に戻ることで自分はどうやって強くなってきたのか、どれほど多くの人が支えてくれているのかを再確認できるんです」

 試合はもちろん、練習のスパーリングやアップの時のちょっとした競争、ただの遊びで負けることさえも涙が出るほど悔しかった。「高校3年生くらいまでは負けるとよく泣いていた」という意外なエピソードに、イベントに参加した子どもたちは驚きながらも、どこか親近感を抱いた様子だった。

 だが、西内はその悔しさを単なる感情の爆発で終わらせなかった。なぜ悔しいのか、なぜうまくいかなかったのか。感情を分析することで、次はどうすればいいか具体的なプランに落とし込んでいた。

世界を目指してスタイルを壊した3年間

 U20世界選手権を高校3年時から2年連続制覇、大学でも全日本学生選手権を制するなど、ジュニア時代から世界を舞台に勝利を重ねているが、大学進学後にはシニアの厚い壁に直面。高校までのスタイルは「大人の戦いでは通用しない」ことを悟ったという。

 高校までは相手に攻めさせてから捌くカウンターレスリングを得意としていたが、世界の頂点を目指すのであれば、自ら攻めて相手を崩すスタイルへの転換が不可欠。大学1年生の終わりから、慣れ親しんだスタイルを一度壊す決断へと踏み切った。

「安定した場所にとどまれば気持ちは楽ですが、そこで成長は止まってしまいます。ただ、スタイルを変えてから噛み合うまで3年かかりました。一時はパフォーマンスが落ちて負けることも増えて本当に怖かった。でも、そのプロセスを通らないと、次のステージには行けないんです」

 昨年はU23世界選手権にも出場。今年に入ってアジア大会の予選会を怪我のため欠場し、全日本選手権の出場権を失う苦境に立たされている。しかし、その言葉には力強い前向きさが宿っている。

「今は、大きくジャンプする直前の『踏切の沈み込み』の時期。スポーツ選手には必ず『プラトー(停滞期)』がありますが、僕の場合、それが今までなかったことの方が不気味でした。今この時期に沈み込みが来たのは、大舞台でもっと高く跳ぶための準備なんだと捉えています」

 困難を失敗と見るのか、次に跳ぶための一時の沈み込みと捉えるのか。その視点の持ち方が、アスリートとしても、人としても、深みを育てていくといえるだろう。

世界で戦う身体は毎日の食事からつくられる

 そんな西内も中高生の頃から意識していたのが日々の食事だ。母は栄養士の資格を持ち、家には栄養学の本が自然と置かれていた。それらの本を読んで弁当に含まれる栄養のバランスを意識していたという。

 現在は食事管理アプリなどを使ってPFCバランス(タンパク質・脂質・炭水化物の摂取比率)を厳密に数値化するなど、「自分が食べたものが、そのままマット上でのパフォーマンスになる」という意識と高い自己管理能力の礎となっている。

 この日のイベントでも日本スポーツ協会公認スポーツ栄養士・大坪豊寿氏による栄養管理のワークショップが行われ、夢に挑むためにまず大事なのは、練習の前に身体を整えることだと子どもたちに伝えた。身体はひとつしかなく、取り替えのきかない大切な資本。「高校時代は水分補給のように牛乳を1日1リットル飲んでいた」など、西内の実体験も交え、子どもたちも深く頷いていた。

 さらに、睡眠でも脳をリラックスさせるために西内は夜間はブルーライトカット眼鏡を着用し、深い眠りを妨げないよう、寝る直前の入浴や食事を避ける工夫をしているという。ハードな練習での疲労を翌日に持ち越さないよう、サプリメントも戦略的に活用。「食事だけでは補いきれないタンパク質」を補填し、脂質を抑えつつ効率的な身体作りを行っている。

「できなくても挑戦する」その姿勢を子どもたちへ

 座学の後は、いよいよマットの上での実践に入った。

 ここで西内が強調したのは、「レスリングをすることだけが練習ではない」ということだ。

 冒頭で行われたのは綱渡りのようなバランス運動、鬼ごっこ、反応を競うゲームだった。

「一見遊びに見える動きの中に、レスリングに不可欠なバランス感覚や足の運び、瞬発力を育む要素が詰まっています。僕のベースも幼少期にマットの隅で夢中で遊んだ経験にあります」

 レスリングは技の反復やスパーリングだけで強くなる競技ではない。遊びの延長のようなアップや、体の使い方を覚えるための動きづくりなど、基礎の時間を丁寧に積み重ねることで、競技そのものに生きてくる。まずはその大切さを知ってほしかった。

 果敢にレスリングに挑む子どもたちの姿から、西内も大きなパワーを受け取ったという。

「彼らの姿を見ていて、自分がレスリングを始めた頃のことを思い出しました。今では人に教えられるくらいには上達したけれど、最初は本当に何もできなかった。みんなできないからやめるのではなく、できなくても何度も挑戦して、自分なりに工夫しながら向き合っている。その姿に触れて、自分のレスリングのベースはやっぱりここにあると強く感じました」

 高知で開催された今回のイベントは、単なる技術指導の場を超え、トップアスリートの魂と最先端の栄養学が交差する学びの場となった。

 レスリングを通じて学ぶのは、相手を倒す技術だけではない。自分を律し、周囲に感謝し、困難を沈み込みと捉えて立ち上がる人間力そのものだ。

 かつて、所属クラブで指導者から教わった挑戦する心を、今度は西内が子どもたちへと手渡す。

「みんなの可能性は無限大。僕を追い越すつもりで頑張ってほしい」

 この夢のバトンが受け継がれる限り、高知から、そして日本から、世界を驚かせる挑戦者が現れ続けるだろう。

西内 悠人Yuto Nishiuchi

2004年10月1日生、高知県出身。5歳で高知レスリングクラブに入門。高知南高校(現・高知国際高校)を経て日本体育大学へ進学。U20世界選手権では2022年に61kg級、2023年に57kg級で優勝し、全日本学生選手権では直近の2大会を制した。2023年よりチーム・ニュートリライト™メンバーとして活動。現在は日本体育大学レスリング部の総合主将を務め、2028年ロサンゼルスオリンピック出場を目標に世界の舞台へ挑戦を続けている。

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