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「僕は帰ってきました」武豊の“騎手人生の分岐点”はあの馬だった…「今も果たされていない夢」メイショウタバルでの凱旋門賞参戦が“運命的”な理由
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島田明宏Akihiro Shimada
photograph byJIJI PRESS
posted2026/07/27 17:26
メイショウタバルとのコンビで宝塚記念を連覇した武豊。秋には凱旋門賞への参戦が予定されている
「騎手人生の分岐点」となったキズナとの出会い
武が、若いころも、キャリアを重ねてからも、繰り返してきた言葉がある。
「いい騎手になりたい」
ほかの騎手と比べて、という意味ではなく、以前の自分より少しでもうまい騎手になりたい、と思いつづけているのだ。
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当然、20代のころに思い描いていた「いい騎手」と、57歳になった今のそれは、違っているだろう。立場も、日本の競馬界の世界全体におけるポジションも、自身の体も、変化しているのだから。
既述のように、武は2012年、デビュー以来最低の56勝に終わっている。
その時期にキズナへの騎乗を依頼したのが、ノースヒルズ代表の前田幸治オーナーだ。
主戦騎手の佐藤哲三が落馬で負傷したことによる起用だった。初騎乗のラジオNIKKEI杯2歳ステークスは3着。翌春の弥生賞も5着と、2戦つづけて勝てなかったが、コンビは継続された。
キズナで節目の第80回日本ダービーを制した武は、レース後、スタンドからの「お帰り」という声援に応えるように、「僕は帰ってきました」と言った。文字どおり、彼が「“武豊”のまま帰ってきた」ことを示す一戦となった。
のちに彼は、キズナとの出会いを「騎手人生の分岐点」と振り返っている。
50代になってからも、新しい馬主や調教師との関係が大きな実を結んでいる。
キーファーズの松島正昭オーナーは、武と凱旋門賞を勝つことを、馬主としての大きな目標に掲げている。友道康夫調教師にとっても、武とのコンビで日本ダービーを勝つことは夢のひとつだった。
その両者から任されたのが、ドウデュースである。
ドウデュースは武とのコンビで、朝日杯フューチュリティステークス、日本ダービー、有馬記念、天皇賞・秋、ジャパンカップとGIを5勝した。
松島オーナーの所有馬が初めて走ったのは2014年だが、武とは、その10年以上前から親交があった。互いに「友達」と言い合う2人が、ダービーオーナーとダービージョッキーになったのだ。

