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「鼻っ柱は折ってあげないと」城島健司を正捕手に育てたホークスOBが語る”大谷翔平・ラッシング事件”「ピッチャーって“俺様”みたいな人が多い」
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遠藤修哉Naoya Endo
photograph byKYODO
posted2026/07/16 17:02
ツインズ戦の2回、マウンドで捕手ラッシングと話す大谷翔平
当時のダイエーは、強打強肩で鳴らし、将来を嘱望された城島を正捕手として育てようとしていた。この年の投手陣の勝ち頭だった武田氏も教育役を期待されたが、投手にとって捕手の育成はそう簡単ではない。
「サインを出されても納得できないから首を振る。そうすると自分にも迷いが出てくる。『城島が出したサインでいいのかな』『これじゃ駄目なのかな』って。それじゃあ、いい球なんて投げられない。今回、大谷とラッシングの間で起きた出来事も、本質は同じだよ」
首脳陣に直訴「城島では嫌だ」
高卒3年目の城島がレギュラーに定着した1997年、プロ10年目の武田氏は自身初の開幕投手を務めた。開幕戦を完封で飾り、そこから4連勝。順風満帆なスタートだった。しかし、5試合目あたりから歯車が狂い始める。
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「途中から『何を考えてるんだ』って分からなくなってね。そこから俺は9連敗したんだよ。163回3分の2投げて、防御率も3点台後半だったと思うけど、その年は4勝9敗で終わった。俺が降りてから逆転された試合も多かったけど、当時は城島との関係もかなり大きかったと思います」
首脳陣に「城島では嫌だ」と訴えたこともあったという。
「工藤(公康)さんに怒られ、俺に怒られても、本当によく頑張ったんですよ。2カ月に1度は俺や工藤さんに泣かされてた(笑)。その1年があったから、次の年は『もう信用して投げよう』と思ったんだよ」
武田氏の心境が変わったのは、1998年だった。
「この年は開幕から、もうあまりサインに首を振らなくなった。1年間レギュラーとして歯を食いしばった城島を、俺も認めた。城島も1年間やったことで、リードがだいぶ変わった」
そして武田氏は最多勝を獲得した。振り返れば、捕手だけの問題ではなかったという思いもある。
「結局、俺が城島を信用していなかっただけだったのかなとも思ったよね。キャッチャーとピッチャーって、それくらい信頼関係が大事なんです。投手が捕手を信頼するまでには時間がかかる。逆に言えば、その時間を乗り越えなければ、一流の捕手にはなれない」
武田氏は、今のラッシングを見て当時の城島と重なる部分があるという。
「キャッチャーで打撃にも自信があるから、鼻っ柱が強い。だから、ああいうのは一度、鼻っ柱を折ってあげないと(笑)。メジャーでいいキャッチャーにはなれないよね」
「勝ったら蹴る」が二人の儀式だった
もっとも、グラウンドでの厳しさが、そのまま2人の関係だったわけではない。なにしろダイエー1年目の武田氏は、毎日のように城島と一緒にいたという。

