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ぼくらのプロレス(再)入門BACK NUMBER
小川直也が橋本真也を“一方的なボコボコ”に…「1・4事変」はなぜ起きた?「小川さんの“暴走”だったと思う」乱闘に参加したタイガーマスクが明かす真実
text by

堀江ガンツGantz Horie
photograph by東京スポーツ新聞社
posted2026/07/05 11:00
「1・4事変」として語り継がれる1999年東京ドームでの小川直也vs橋本真也
「いや、あれは僕らはもちろん佐山先生も想定していなかった、小川さんの“暴走”だったと思いますね。ただ、対抗戦なので乱闘になることは想定していました。だからボクも何かあったときのために拳にテーピングを巻いて、それは佐山先生や村上(和成)選手らもそうでしたね。
でも、それはいざという時のためであって、佐山先生からは『自分から手を出すな』『乱闘になってもケガはさせるな』とは言われてました。だから、ケガをさせるための試合じゃないっていう認識はあったし、本当に乱闘になるとも思ってなかったんですよ。『試合をぶち壊せ』とかそんな指示は出てないし。だから小川さんが橋本さんをボコボコにしたとき、先生も『はっ!?』ってなったと思いますよ。『なにやってんの、オーちゃん!』って」
橋本の顔面を蹴り上げ…こうして乱闘になった
小川直也の“暴走”は、試合前にアントニオ猪木から「なあなあの試合でいいのか?」「遠慮せずに行け!」と言われたことを、まだプロレスキャリアの浅い小川が、「潰せ」という意味合いで捉えてしまったためと言われている。そして小川が倒れた橋本の顔面を蹴り上げ試合続行不可能となり、ノーコンテストの裁定が下されると、新日本とUFO両陣営のセコンド陣がリングイン。そして乱闘へと発展していった。
「あの時、いきなり乱闘になったわけじゃなくて、最初は新日本とUFO双方のセコンドがリングに上がっても牽制し合ってる感じだったんですよ。それが乱闘のきっかけになったのは、ボクがコーナーにいたときに小原(道由)さんが『てめえ、クソチビが! やるならやってみろ!』って来たんですよ。ボクもカチーンと来たんですけどグッとこらえていたら、向こうが先に手を出して。ボクはそれを避けて、『あっ、手を出した!』とわかったんでこっちも行ったんですよ。お互いに当たってないけどね。そしたら『なに、コノヤロー!』となって、いろんなところで乱闘が始まっちゃったんですよね」《つづく》
