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「スケートから離れて地元の友だちと…」りくりゅうが1年前に明かしていた“不安”「沼にハマっていた」「外食も増えた」木原龍一と三浦璃来の復活劇
posted2026/05/05 06:00
2019年12月の全日本選手権で演技したりくりゅう
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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AFLO
ミラノ五輪で金メダルを獲得し、現役引退を発表したりくりゅう。そのわずか1年前、三浦璃来と木原龍一の2人は「沼にハマっていた」と口を揃えるほどの苦境に陥っていた。
世界選手権を制してから約3週間後(2025年春)、凱旋帰国した2人が国内各地のショーや大会で見せた幸福感あふれる笑顔の裏に隠された試練の日々とは。
初の世界一…直後に不調の発端が
不調に陥る発端は、初優勝を果たした2023年世界選手権の直後だった。三浦は言う。
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「初優勝した23年世界選手権の後は、気の緩みがありました。どこかお祝いムードが抜けていなくて、外食も増えていたと思います」
木原もこう続ける。
「食事って3カ月後に体に出ると言いますが、本当にその通り。秋ごろから腰に違和感が出て、その痛みさえ見落としていた」
木原は腰椎分離症と診断され、シーズン前半の試合を棄権。昨季(23ー24年シーズン)の世界選手権は2位という成績を残したものの、周囲の手応えと木原の内心は違っていた。
「『何でもっと出来なかったんだ』という悔しさが強くて、その気持ちを今季までずっと引きずっていました」
迎えた24ー25年シーズン、ショート・フリーとも暗く強い曲調を選び、木原は初めから完璧にこなそうと義務感を背負った。一方の三浦はスケート靴のブレードの調整がしっくりこないまま違和感を抱えて滑り続けた。9月の国際大会ではリフトで転倒する場面も。木原は自分を責め、心を閉ざしていく。「いつもだったら、龍一くんが楽しそうに滑っているのを見て、こっちまで楽しくなっちゃう。でも今季前半は、彼の顔色をいつも窺っていました」と三浦は振り返る。
12月のGPファイナルでは、三浦が左肩を亜脱臼する事態も発生。「お互いの心が違う方向を向いているので、頑張るほど失敗して、自分を責める。もう負のスパイラルでした」(三浦)。
転機となったのは、年末の全日本選手権後に木原の母が送ってきたひと言だった。「あなたたちお葬式みたいね」。その言葉に木原は、「あんなに楽しかったスケートが、いつの間にこんなに辛いものになっていたんだろう」とハッとした。年末、それぞれの地元に帰り、木原は「地元の友だちと会ってリフレッシュしながら『自分の考え方を変えよう』と決めました」と語る。
2人はいかにして本来の姿を取り戻し、世界の頂点へと返り咲いたのか――その詳細は、本編でさらに深く描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
