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「お互いの心が違う方向を」現役引退の1年前、りくりゅうが明かしていた“苦悩の日々”「外食も増えて…体に出た」なぜ乗り越えられたのか?
text by

野口美惠Yoshie Noguchi
photograph byAsami Enomoto
posted2026/04/30 17:00
2026年4月28日、引退会見のりくりゅう。「お互いの心が違う方向を…」そこからどう立て直したのか?
食事の乱れ、ストレス…苦悩の日々
“失敗”のスタートは、2年前のオフシーズンだった。三浦は言う。
「初優勝した23年世界選手権の後は、気の緩みがありました。どこかお祝いムードが抜けていなくて、外食も増えていたと思います」
木原も続ける。
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「食事って3カ月後に体に出ると言いますが、本当にその通り。秋ごろから腰に違和感が出て、その痛みさえ見落としていた。意識が足りませんでした」
木原が腰椎分離症と診断され、シーズン前半の試合を棄権。ただ昨季は、この怪我から「一緒に滑れるのは凄いことなんだ」とポジティブな学びを得て、最終戦の世界選手権は2位。十分な成績を残した。
ところが周囲の手応えと、木原の内心は違っていた。木原は振り返る。
「僕の中では『何でもっと出来なかったんだ』という悔しさが強くて、その気持ちを今季までずっと引きずっていました」
木原の視野をさらに狭くしたのが、今季の選曲だった。これまでは笑顔で滑る曲が多かったが、ショート、フリーとも、暗く強い曲調を選んだ。五輪プレシーズンにあえて新分野に挑戦すること自体はセオリー。しかし木原は、初めから完璧にこなそうと義務感を背負ってしまった。
「世界選手権で2位になったことで、何か変えないと、という思いが強くありました。ただ、僕自身が激しくメリハリのある動きが得意ではないこともあり、不安な気持ちでシーズンインしました」
一方、例年であれば三浦は、スケート靴とブレードの接続を日本の職人に依頼するが、タイミングを逃し、カナダで調整を行った。
「その調整が足にしっくり来なくて、12月末に帰国するまでずっと、違和感があるまま滑っていました」
お互いが違うストレスを抱えながらのシーズン序盤。9月の国際大会では、リフトで転倒する場面があった。とっさに木原が下敷きになり三浦に怪我はなかったが、木原は自分を責め、心を閉ざした。

