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ハマ街ダイアリーBACK NUMBER
「野球ってパズルみたい! そこが美しい」知性派野球人・DeNAデュプランティエの“深イイ野球哲学”「日本に来るという決断は難しくはなかった」
posted2026/03/23 11:03
アメリカでは大きな成功をつかめなかったが、野球という仕事をしていることを「ラッキー」と語るデュプランティエの野球哲学とは
text by

石塚隆Takashi Ishizuka
photograph by
NumberWeb
怜悧な顔つきに、凛とした佇まい。試合の前後、ユニフォームを脱いだジョン・デュプランティエの姿を見ると、どこか科学者やエンジニアを想起させる。白衣を羽織ったらとても似合いそうだ。しゃべる言葉にも知性が感じられ、一方で思慮深さもあわせ持っている。選手としてはもちろんだが、人間としても非常に魅力的だと思わせる存在だ。
プロ入り後、なかなかメジャーで活躍できず苦しい日々がつづくキャリアだったが、その時期、デュプランティエはどのような心模様で選手生活を送っていたのだろうか。
家族や周囲の助けで野球を続けてきた
「一番は、どんなときでも家族が近くにいてくれたことが心強かったですね。そして周りには自分を助けてくれる人たちがいて救われてきました。調子づいて先走ってしまったら、自分を見つめ直すように諫めてくれたり、また調子が悪く『このままのキャリアでいいのか』と自問自答しているときは、誰かが献身的に支えてくれました。だからどんな状況であっても一定のメンタルを保つことができましたし、家族や仲間たちには感謝しています」
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デュプランティエは薄く笑みを浮かべ、独り言のようにつづける。
「自分のことを賢いなと思うときもあれば、そうじゃないと思うときもある。しっかり物事が見えているなと思うときもあれば、そうじゃないときもある。自分を見失いそうになったときは、自分より優れていると思う人から話を聞いて、助言やアドバイスをもらうことで進化してきたと思っています」
人間は社会的な生き物だ。家族や他者との温かく濃密な関わり合いが、苦労は多かったかもしれないが、今のデュプランティエというプレーヤーを育んできた。
しかし、彼は愛すべき故郷や人たちから離れ、日本でキャリアを重ねることを選んだ。そこには、それなりの覚悟があったはずだ。そう問うと、デュプランティエは口角を上げ、かぶりを振った。

