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笑う広岡達朗「隠れて酒を呑んでいることなど、もちろん知っていたよ」ヤクルトOBが語る“広岡さんにバレた瞬間”「反省会中に“ビール3本”が届いた」
text by

長谷川晶一Shoichi Hasegawa
photograph bySankei Shimbun
posted2026/01/26 17:01
ヤクルトスワローズ監督時代、さまざまなルールを設けた広岡達朗。「広岡さんに飲酒がバレた」選手は、いったいどうなったのか?
井原慎一朗「ビール3本ね」広岡達朗にバレた瞬間
1969年ドラフト5位で丸亀商業高校からプロ入りした。ヤクルトアトムズ時代にはなかなか結果を残すことはできなかったが、1974年、球団名がヤクルトスワローズとなる頃から徐々に台頭し、1976年シーズン途中、広岡が監督代行に就任する頃には中堅投手となっていた。
その1976年シーズン中のことだった。ある日の試合で、鈴木康二朗が先発し、井原がリリーフした試合でスワローズは敗れた。同部屋だった二人は宿舎に戻るとすぐに、旅館スタッフに「とりあえずビール3本ね」と頼んだという。
鈴木と井原は普段から仲がよく、「ヤクルトの弥次さん、喜多さん」と呼ばれていたという。二人はそろって、大の酒好きでもあった。井原が振り返る。
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「そうしたらね、僕らの部屋に広岡さんが入ってきて、“今日の試合だけどな……”と反省会を始めたんです。僕らは気が気じゃなかったんだけど、タイミングの悪いことに、そこに仲居さんがやってきて、“ビール3本、お待ちどおさま”って。その日から、鈴木さんとの同部屋は禁止になりました」
井原には酒にまつわるエピソードが実に多い。「管理野球」を徹底する広岡政権下を経験した者の中で、これだけ楽しそうに酒宴の話を語る人物は稀だろう。
「広岡さんが監督だった頃、本当に毎日練習漬けでした。遠征に行くときも、まずは神宮で練習してから地方に向かいましたし、その逆に早めに現地に着いて、宿舎に荷物を置いてから練習したこともありました。長崎に行ったときのことだったと思うけど、宿舎に着いて部屋に荷物を置く。冷蔵庫を開けるとビールが冷えていました。“練習が終わったら呑もう”と思って部屋に戻ると、冷蔵庫は空になっていました。“えっ、そこまでするの?”という思いでしたよ」

