第102回箱根駅伝(2026)BACK NUMBER

前回1秒差で届かなかった箱根駅伝…「一日たりとも忘れたことはない」東京農業大学のエース・前田和摩の1年越しの進化と決意

posted2025/12/15 10:00

 
前回1秒差で届かなかった箱根駅伝…「一日たりとも忘れたことはない」東京農業大学のエース・前田和摩の1年越しの進化と決意<Number Web> photograph by Yuki Suenaga

前回の悔しさをバネに成長し、自身2回目の箱根駅伝に臨む前田和摩

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佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

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 1秒の重み──。それを噛みしめ、決して忘れないようにして、東京農業大学はこの1年を過ごしてきた。

 きっかけは、前回の箱根駅伝予選会だった。

 10月とは思えない酷暑の厳しいコンディションとなるなか、東農大はエースの前田和摩(当時2年)を病気の影響で欠くなどして11位に終わった。10位の順天堂大学とはわずか1秒差で2年連続の箱根駅伝本選出場に届かず、選手たちはその場で泣き崩れた。

「1秒差で負けたことを、一日たりとも忘れたことはありません。練習で心が弱った時、それを思い出してがんばろうと思ってきました」

 前田は出場できなかった責任を感じ、その日以来、1秒差での敗戦の悔しさをモチベーションにしてきた。エースとしての自覚から普段のジョグの距離を増やし、坂道ではフォームを意識するなど、ベースの部分から取り組みを変えた。また、1年時から満足に走れていない反省から、ケアを入念にするなどしてケガの予防に努めてきた。

 身体づくりの取り組みにおいて大きな影響を与えたのが、2025年2月に完成した長距離ブロック専用の寮「青雲寮」だ。管理栄養士が考える食事を摂り、快適なふたり部屋で十分な睡眠を取れるようになった。寮生活によって生活面の質が向上し、コンディションを整え、走るために不可欠な要素を高い次元で維持できるようになって、競技により集中できる環境が整った。

 小指徹監督は、こう語る。

「寮の完成は大きかったですね。目に見えて生活態度が変わりました。その効果は春先からの選手の記録に表れています」

失意から半年後に見えた光明

 4月の日本体育大学長距離競技会では川上温と菅野優空(共に2年)が10000mで自己ベストを更新し、上半期の重要レースである全日本大学駅伝の地区選考会に臨んだ。東農大は13位に終わって出場権を獲得できなかったが、明るい材料がいくつも見えた。

 ひとつは10000mの2組に出走した井坂光(1年)が29分22秒21で自己ベストを更新し、4位と好走したことだ。井坂はその後も順調に成長し、箱根駅伝予選会では63分45秒で92位と100位内に入って本選出場に貢献した。

 最大の光明はエースの前田が1年ぶりにレース復帰したことだ。最終4組に出場し、28分30秒25の12位だったが、レース後は明るい表情だった。

「昨季はなかなかうまくいきませんでした。気胸から回復した後も、ジョグを再開しては体調を崩す、あるいはケガをするという状況が続きました。3か月前からまともな練習ができて、このレースに出ることができました。チームの一員として走りで力になれたことをすごくうれしく思いますし、またこの舞台に戻ってきたこともうれしいです」

 エースの帰還によりチームは軸を取り戻し、ポジティブなムードが漂った。練習は「全員でやり切る」ことを意識して取り組んだ。誰かひとりに頼るのではなく、全員が力を上げて、全員で箱根駅伝予選会を通過しないと、本選で戦えなくなってしまう。箱根駅伝でシード権を獲得するという目標を掲げた以上、妥協することなく力をつける必要があったのだ。

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