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「もう倒しにいくしかない」堤聖也vs比嘉大吾「史上最高の3分間」はなぜ生まれたのか…ボクシング界で語り継がれるであろう“伝説の第9ラウンド”

posted2025/06/18 06:01

 
「もう倒しにいくしかない」堤聖也vs比嘉大吾「史上最高の3分間」はなぜ生まれたのか…ボクシング界で語り継がれるであろう“伝説の第9ラウンド”<Number Web> photograph by Naoki Fukuda

堤聖也(右)vs.比嘉大吾(左)はボクシング史上に残る伝説の一戦となった

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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Naoki Fukuda

 今年2月24日に行われたベルトをかけた同学年対決「堤聖也vs.比嘉大吾」は、まさに死闘だった。世界戦では珍しい同ラウンド内のダウンの奪い合い。180秒に詰め込まれた極上のドラマを両陣営への取材を通してドキュメント形式でお届けする。
 発売中のNumber1120号に掲載の[ナンバーノンフィクション]堤聖也vs.比嘉大吾「史上最高の3分間」より内容を一部抜粋してお届けします。

「もう倒しにいくしかないぞ」

 赤コーナーで戦況を見つめるトレーナー、石原雄太はもう後がないと感じていた。長年ともに歩んできたWBA世界バンタム級チャンピオン、堤聖也のピッチは後半に入っても一向に上がってこない。4回に偶然のバッティングで切れた右目上の傷も気になっていた。

 石原は計算していた。たったいま終わった第8ラウンドは確実に失っただろう。ここまでの8ラウンドのうち、おそらく6つは挑戦者の比嘉大吾に取られている。ならば4ポイント差。ここから残りすべてを取ってもドローという厳しい状況だ。

 石原はスツールに座る堤の顔にワセリンを塗りながら口を開いた。

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「もう倒しにいくしかないぞ」

 石原は決して声を張り上げない。いつも語りかけるように、言い聞かせるように、選手の目を見て指示を与える。厳しい内容を伝えるときでもその語り口は柔らかい。堤はデビュー以来、そんな石原のアドバイスに耳を傾けてきた。

比嘉が戦前に描いていた「勝利のイメージ」

 青コーナーの比嘉は手応えを感じていた。第3ラウンド、堤のボディブローをもらって効かされたが、すかさず対処して傷口を広げなかった。ボディを打たれそうな距離に入ったらくっついて距離をつぶし、ボディ打ちを封じたのだ。

 比嘉が戦前に描いていた勝利のイメージは次のようなものだった。

「カットでTKO勝ち。もしくは判定。堤はいつも目の上を切って流血しますから。ジャブでカットさせてレフェリーストップに持ち込む。ジャブの差し合いは絶対に勝てると思っていたので」

 初回、比嘉のジャブが思惑通り決まり、ラウンド終盤には左フックもクリーンヒットした。堤の右目上部が早くもうっすら赤みを帯びる。比嘉とトレーナーの野木丈司はそれを見逃さなかった。

「いけそうだな」

 青コーナーは勝利への確かな感触を得て、第1ラウンド終了のゴングを聞いた。

【次ページ】 堤「ジャブの差し合いでも負けたくなかった」

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