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「もう倒しにいくしかない」堤聖也vs比嘉大吾「史上最高の3分間」はなぜ生まれたのか…ボクシング界で語り継がれるであろう“伝説の第9ラウンド”
posted2025/06/18 06:01

堤聖也(右)vs.比嘉大吾(左)はボクシング史上に残る伝説の一戦となった
text by

渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Naoki Fukuda
発売中のNumber1120号に掲載の[ナンバーノンフィクション]堤聖也vs.比嘉大吾「史上最高の3分間」より内容を一部抜粋してお届けします。
「もう倒しにいくしかないぞ」
赤コーナーで戦況を見つめるトレーナー、石原雄太はもう後がないと感じていた。長年ともに歩んできたWBA世界バンタム級チャンピオン、堤聖也のピッチは後半に入っても一向に上がってこない。4回に偶然のバッティングで切れた右目上の傷も気になっていた。
石原は計算していた。たったいま終わった第8ラウンドは確実に失っただろう。ここまでの8ラウンドのうち、おそらく6つは挑戦者の比嘉大吾に取られている。ならば4ポイント差。ここから残りすべてを取ってもドローという厳しい状況だ。
石原はスツールに座る堤の顔にワセリンを塗りながら口を開いた。
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「もう倒しにいくしかないぞ」
石原は決して声を張り上げない。いつも語りかけるように、言い聞かせるように、選手の目を見て指示を与える。厳しい内容を伝えるときでもその語り口は柔らかい。堤はデビュー以来、そんな石原のアドバイスに耳を傾けてきた。
比嘉が戦前に描いていた「勝利のイメージ」
青コーナーの比嘉は手応えを感じていた。第3ラウンド、堤のボディブローをもらって効かされたが、すかさず対処して傷口を広げなかった。ボディを打たれそうな距離に入ったらくっついて距離をつぶし、ボディ打ちを封じたのだ。
比嘉が戦前に描いていた勝利のイメージは次のようなものだった。
「カットでTKO勝ち。もしくは判定。堤はいつも目の上を切って流血しますから。ジャブでカットさせてレフェリーストップに持ち込む。ジャブの差し合いは絶対に勝てると思っていたので」
初回、比嘉のジャブが思惑通り決まり、ラウンド終盤には左フックもクリーンヒットした。堤の右目上部が早くもうっすら赤みを帯びる。比嘉とトレーナーの野木丈司はそれを見逃さなかった。
「いけそうだな」
青コーナーは勝利への確かな感触を得て、第1ラウンド終了のゴングを聞いた。