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高校を卒業した注目レスラー「トップ選手、油断してんじゃねえぞ」 スターライト・キッド戦“屈辱のタップ”を経て、吏南が誓う成長
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2025/03/29 17:00

スターライト・キッドの持つ“白いベルト”に挑戦した吏南。3月で高校を卒業した
「厳しさを吏南に叩き込む」キッドの思い
そんな吏南の意気込みが、チャンピオンのスターライト・キッドには自分のことのように伝わってきた。吏南よりデビューは早かったが入門としては同期。10代前半でデビューし、学校に通いながらフューチャーのベルトを巻いている。
「学業との両立って簡単じゃないんですよ。地方での試合は新幹線で帰れる範囲だけとか、授業に影響しない程度。都内の試合もテスト期間が重なったり。試合が終わったら家に帰ってオールで勉強してましたね。もちろん、他の選手と同じようには練習できない。吏南の場合は栃木だから、移動が私より大変だったと思う。まして今は新人の数も増えてますから。私の時代よりフューチャー戦線も層が厚いんです」
だが「フューチャーとワンダーの闘いはまったく違う」とキッド。
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「私はフューチャーを獲ってからハイスピード王者になるまで、ハイスピードからワンダーまで時間がかかってるんです。“学校に通いながら頑張ってるね”、“体が小さいのに凄いね”と言ってもらえる若手の学生とトップ戦線は別世界。今までと同じではワンダーのベルトには辿り着けない。その厳しさを吏南に叩き込むのは、似たような経験をしている私しかいないでしょう。私が経験してきたことを、吏南はこれから経験することになる」
屈辱の“タップアウト”をキッドが狙った理由
地元での大一番、吏南は入場時に剣を携えていた。2020年に亡くなった木村花が使っていたものだ。花の母である元レスラー・木村響子が宇都宮まで持ってきてくれた。
花は2019年のユニットドラフト会議で、吏南を新ユニットに誘ってくれた。それがなかったらプロレスを続けていたか分からない。いわば恩人だ。その木村花が獲りたいと願い、届かなかった白いベルトに自分が挑む。花の剣は武器でもありお守りでもあったはずだ。花に白いベルトを巻いた姿を見せたい。それもモチベーションの一つだった。
試合では花の得意技であるハイドレンジアでキッドを追い込む。ミサイルキックからパッケージ・ドライバーにつなげるタイガーリリーも狙った。決まっていたら、試合の流れは一気に吏南に傾いていたはずだ。だがそうはならなかった。タイトルマッチ全体を支配したのは、キッドの“脚攻め”だ。“がむしゃら”や“一気呵成”とは一味違う、いわば大人の闘いぶり。
若手を引っ張る立場とトップ戦線で活躍する選手の差はどこにあるのか。キッドは「イメージも敵になるんです」と言う。
「特に私たちみたいに早くデビューすると“小さい”、“パワーがない分すばしっこさでカバー”みたいなイメージがつきやすい。そして一度ついたイメージからは、なかなか抜け出せないんです」
そういうキッドたちと、たとえば柔道、レスリングなどのバックボーンを持つ選手を比べた場合、“強さ”のイメージに差がついてもおかしくない。それが出世争いに影響することもあるわけだ。あるいは他団体からの移籍選手のほうが“決意”が伝わりやすいということもある。
初めて白いベルトに挑む吏南への脚攻めは、同じ道のりを歩んできた者としてのメッセージだった。フィニッシュは「黒虎脚殺」。ギブアップを奪っての初防衛だ。
「あえて“屈辱のタップアウト”を狙いました。これから吏南は何度も悔しい思いをするはず。その始まりとしてね。でもプロレスラーの人生なんて、浮き沈みがあったほうが面白いんです。スムーズに勝ち続けるよりドラマが生まれるから。今までだって辛いことはたくさんあったはず。でも吏南も私もそれを乗り越えたからメインでタイトルマッチができた」