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格闘技PRESSBACK NUMBER
「負債総額は37億円」…『極悪女王』で話題の「全女」を作った“松永一族”の栄枯盛衰を振り返る 社長の自死に元リングアナ「言葉にならなかった」
text by
欠端大林Hiroki Kakehata
photograph byHiroki Kakehata
posted2024/11/01 11:01
全女の終焉を土下座で詫びる“松永一族”の次男・健司氏と四男・国松氏。国松氏はその4カ月後に命を絶った。負債総額は実に37億円に上った
1万4000人のキャパシティがある武道館に来場した観客は初日、2日目とともに3500人ほどにとどまり、全女だけでも1000万円以上の致命的な負債を抱えたとされる。
「会社(ベースボール・マガジン社)側が何も分かっていなかったということですよ」
そう語るのは、この武道館興行の直前まで『週プロ』編集長をつとめたターザン山本氏である。
「前年の4月、東京ドームで開催したベースボール・マガジン社主催のプロレスオールスター戦『夢の懸け橋』が大成功し、会社は大きな利益を得たわけです。その成功体験がある事業部の人間が、松永会長の話に飛びついて興行を買ってしまった。当時は女子プロレスの人気も完全に下火で、僕が編集長をつとめていた『週プロ』も新日本プロレスから取材拒否を受けたことで部数が大幅に下がっており、もはやかつてのような影響力はなかった」
この負債が決定打となり、給与の遅配が恒常化した全女は1997年10月、2度目の不渡りを出し倒産する。目黒の一等地にあった自社ビルも人手にわたった。
「スッカラカンの会社が倒産して朝日新聞に出るんだって」
「その日」のことについて、広報担当者として会見にも出席した今井氏はこう語っていた。
「朝日新聞の社会面に、“全女倒産”って出ていたんですね。上場企業でも何でもない、スッカラカンの会社が倒産して朝日新聞に出るんだって。僕のいた会社って、もしかしたらすごい会社だったのかって思いましたよ」
倒産後の全女は、団体に残った10人あまりの選手たちを中心に、現金取引で細々と興行を続けた。2000年にはつんくプロデュースによるユニット「キッスの世界」(高橋奈苗、納見佳容、脇沢美穂、中西百重)を誕生させたが、それは団体の「最後の花火」となった。
いよいよ限界を迎えたのは、フジテレビが女子プロレスの地上波中継から撤退したことがきっかけだった。
「倒産後も『格闘女神ATHENA』という番組名で、月1回、地上波放送がありました。深夜かつ関東ローカルとはいえ、まだネット中継がなかった時代、やはり地上波は放映権料も影響力もCSとは比べ物にならないほど大きかった。この命綱とも言える番組が2002年に打ち切りとなり、とどめを刺されたという感じでしたね」(今井氏)
フジテレビの中継が終了した後、全女は本当に日銭だけが頼りの自転車操業状態に突入する。だが、最後は税金滞納を看過しなかった国税によって、プレイガイドからの入金が差し押さえられ、万策尽きた。