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長谷部誠33歳「監督は何を考えてるんだろう」衰退期のはずがドイツで大絶賛“リベロ長谷部”誕生ウラ話「コンバートがなかったら全然…」
posted2024/05/26 06:01
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph by
Jan Huebner-Pool/Getty Images
長谷部誠がドイツで出会った指揮官について振り返るとき、多くの人の頭にはフェリックス・マガトの名前が思い浮かぶかもしれない。
しかし、マガト以上の影響を与えたと言える指揮官がいることを見落としてはならない。フランクフルトでの2シーズン目で出会い、2年半をともに戦ったニコ・コバチ監督が長谷部をサッカー選手として大成させてくれた恩人である。
一度だけCBを…監督は何を考えていたんだろう
マガトはボルフスブルク時代の長谷部を人間的に成長させてくれたかもしれない(ただ彼の厳しさは現代ではパワハラに該当するレベルだが)。そんなマガトに負けず劣らず、コバチは厳格な指揮官だった。食事の管理や練習前後の身体のケアを徹底させた。健康上の理由から、選手には新たなタトゥーを入れることを禁じていたほどだ。
ただし、マガトとは比較できないくらい、コバチは長谷部のことを高く評価していた。
例えば、2015-16シーズンの入れ替え戦で1部残留が決まった直後。コバチは、人事権の責任者であるGMに話を通すことなく、長谷部に声をかけている。
「来シーズンも、必ずフランクフルトに残れよ!」
彼に出会わなかったら、その後の長谷部はいなかっただろう――。
「プレシーズンで一度だけ、センターバックをやらされたんだけど、コバチ監督は一体何を考えていたんだろう」
2016年夏、長谷部が何気なく口にした。8年近く住んだドイツの家を引き払って筆者が日本へ帰るタイミングに、お別れとして食事に招いてくれた時のことだ。その起用の意味には長谷部ですら気づいていなかった。
あれが長谷部の進化論の伏線となることなどコバチ以外に想像できた人はいないだろう。
初めてのリベロ時、長谷部の語り口は冷静だった
転機は、この年の10月28日。ボルシアMGとのアウェーゲームだった。この頃にはすっかりボランチの選手として認識されていた長谷部が、3バックの真ん中、リベロのポジションを任されたのだ。
筆者はちょうど日本からドイツへの出張中で、この試合を取材していた。