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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「まだ脳が揺れている状態で…」ダウン直後、井上尚弥はネリに“あるワナ”を仕掛けた…“怪物と最も拳を交えた男”黒田雅之が「ぞっとした」理由
text by
森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2024/05/10 17:03
1ラウンド、ネリにダウンを奪われるも、冷静にペースを取り戻した井上尚弥
――ダウンした後、なかなか冷静でいられないのでは。
「僕が初めてダウンをしたときは、来る時が来た、じゃないですけど、割と落ち着いていました。驚いたのは、ダウンの瞬間って自分が倒れたと思っていなくて、地面が(自分の方に向かって)上がってくる感覚なんです」
――えっ、どういうことですか。
「人にもよると思いますが、僕は自分が倒れたと脳が認識していなくて、(地面から)壁が上がってくるような感じがしました。いつもと違う景色で、レフェリーがカウントしているのを見て、『あっ、ダウンしたんだ』と理解できました」
――井上選手のダウン後の対応はどう見ましたか。
黒田が感じていた“井上のワナ”
「回復力が早いし、打たれ強いんでしょうね。ダウンの後、ロープに詰められて、ラッシュされていた。でも、パンチをもらっていない。まだ脳が揺れている段階だと思うんですけど、あそこまで機敏に動ける。それは日々、首や下半身の地味なトレーニングを相当やっているからでしょうね。自分の場合はダウンの後、足に力が入りづらいことがあった。彼の動きからはそれを感じなかったし、しっかり足に力が入っているように見えました」
――確かに、パンチを一切もらっていなかったですね。
「あの場面に限らず、ロープを背負ったのは意識的だったと思います。ここ数戦はスティーブン・フルトン選手、マーロン・タパレス選手とディフェンシブだったので、自分が前に出なきゃいけない。でも今回は逆。尚弥選手としてはその方がやりやすい。ロープを背負うことで、相手がパンチを打ってくる。するとガードが空くし、隙が生まれる。尚弥選手の場合、自分で出ていく必要がなくなり、手間が省ける。実際、ディフェンスワークでパンチをかわし、カウンターや右のボディアッパーを打っていましたよね」
――スパーリングでも、井上選手は意識的にそういう場面をつくるんですか。
「はい、わざとロープを背負っているな、と感じていました。だから、こっちが詰めているのに、気持ちよくない。絶対に何かワナがある。でも、いくしかない。それで右を打ったところに、左フックのカウンターをもらうんです」
――得意の、遅れて出てくる左フックですね。
「ロープに詰めた側としては、やることは絞られて、攻めるしかない。僕以外の選手とのスパーを見ていても、わざとロープを背負う場面をつくることが多かったと思います。そこでの細かいボディワーク、スウェーバック、頭の位置の動かし方が本当に的確でした」