Number ExBACK NUMBER
「履歴書が書けないんです」日大アメフト部“悪質タックル”の元監督、内田正人のいま 本人が明かす「追放された監督」のその後
text by
齋藤裕Yu Saito
photograph byYuki Suenaga
posted2024/03/09 17:00
日本大学アメフト部「フェニックス」の元監督・内田正人氏。事実上の永久追放を意味する除名処分となってから約6年の日々を振り返った
仕事を探そうとネットの求職サイトに登録したんですが、最終的には履歴書の提出が求められる。そうすると履歴書が書けないんですよ。
――履歴書が書けない?
その会社の人が調べたりするわけじゃないですか。そうすると自分のことが知られて……と考えると、二の足を踏んでいる自分がいました。そんな中、フットボール(=アメフト)のOBの先輩で「お前、何やっているんだ、うちに来い」と声をかけてくれる方がいて、そちらで年金の関係もあって、月に13日勤務させていただくことになりました。
働くチャンスがあれば働かないと、と
――日本大学の常務理事を務められ、年収3000万円とも報じられました。働かなくても良いのではないですか?
いやいや、そんなにもらってないですよ。一般企業ですと、社員の給料に加えて役員報酬がもらえると思います。でも日大ってのはシビアな法人で、役員になると社員としての給料はなしになり、役員報酬だけもらう形になる。なので、そんな余裕はない。
――ただ、履歴書を出すことに躊躇していたということは、働かないと生きていけないというわけではないですよね?
僕は田中理事長に引き上げてもらって、ああいった立場で仕事をさせてもらった。自分の実力で常務理事になったと思っていません。だから、働くチャンスがあれば働かないと、と思っているんです。
そもそもは辞任の前年に辞めるつもりでいた
――では、そもそも今の状況に至る契機となった2018年の悪質タックル問題について聞かせてください。前年の2017年には甲子園ボウルで関学大を下して大学日本一となりました。2018年は「連覇をしなくては」という思いがあったんでしょうか?
そもそもは2017年限りで辞めるつもりでいたんです。日本一となって後任も決めて、田中理事長のところに「辞めたいです」と相談にいったところ、「お前が連覇しろ」と言われてしまって……。復帰していろんな生徒がいる中で、優勝した代は4年生が中心となって、まとまりがありましたが、2018年のチームは4年生より3年生の代が発言力が強かったり、下級生の主力選手にも学年間の上下関係を全然わかっていなくて、タメ口を利くような子がいたりといろんなことが「逆転」していて、不安定なチームとしてスタートしたシーズンでした。
――日本一という結果にも繋がったところかと思いますが、それまで選手を追い込む指導をしてきたと思います。これは内田さんがコーチとして仕えてきた篠竹幹夫元監督(2003年まで44年間監督を務め、甲子園ボウル5連覇を成し遂げたカリスマ的指導者)の影響ですか?
あの人は天才でした。僕みたいな普通の人間が監督をやる場合、ある程度篠竹のマネをしなくてはならなかった。それを演技でやるしかない。そうやって厳しくやっていって、最終的に選手に受け入れられなかったのが、2018年だったと思います。
どんどん課題を与えて、考えなさいよという教育
――篠竹さん、そして内田さんの指導というのは学生の主体性を奪うものだったのではないですか? それが宮川泰介選手を悪質タックルするまでに追い込んだのでは?