ボクシングPRESSBACK NUMBER
「なぜ天心がセミファイナル?」アンチの声はあっても…世界ランカーを圧倒した那須川天心が“あの有名ボクサー”の名前を出した本当の意味
text by
布施鋼治Koji Fuse
photograph bySusumu Nagao
posted2024/01/28 17:02
プロボクシング3戦目で世界ランカーのルイス・ロブレスを圧倒した那須川天心。ボクサーとして着実に成長を重ねている
「ロマチェンコ」の名前を引用した意味
1月18日の公開練習でロブレスは回転の速いパンチを披露していた。それが実戦でも有効であれば那須川の苦戦も予想されたが、まったくの杞憂に終わった。1ラウンドから那須川は強いプレスをかけ続け、右ジャブを打ち続ける。さらにチャンスと見るや、鋭い左ボディストレートをヒットさせた。試合後、那須川はそのプレスの強さが進化した部分のひとつであることを明かした。
「今回は自分から圧力をかけられるようになった。だからスパーリングでも無駄な動きをしなくなった。前の手(右)の使い方もうまくなったと思う」
その一端は1月10日の公開練習でも見られた。立ち方、ステップ、リズムのとり方など、全てが以前にも増してボクサーらしく見えたのだ。中でも重心のかけ方は完全にボクサーのそれだった。キックボクサー時代の那須川天心の姿とは1ミリも重なり合わなかった。
それだけではない。那須川は3戦目にしてディフェンス面で著しい進化を見せた。
「前回は打って外して、打たれたら下がってという感じだったけど、今回はちゃんとガードして、しっかりと相手の動きを確認してから打ち返すということを繰り返していた。全局面で勝っていたので、相手の心も折れたんじゃないかと思いますね」
4ラウンド開始のゴングが鳴っても、赤コーナーに陣取ったロブレスがイスから立ち上がることはなかった。右のボクシングシューズを脱ぐと、テーピングされた足が露になった。試合後の敗者の会見はなかったので詳細はわからないが、以前から痛めていた箇所がさらに悪化してしまったのだろうか。
倒す気満々だった那須川は「マジで?」と驚きの表情を見せ、まだ闘い足りないとばかりにシャドーボクシングを繰り返した。倒すことこそできなかったが、これもTKO勝ち。予想外の結末を迎えることがあるのもボクシングだ。
「外から見ていたらわからないと思うけど、やっている当人からすれば、『あっ、これは何をやっても無理だな』と限界を感じたんだと思う。ロマチェンコ勝ちですね」
ロマチェンコとは世界最速で3階級制覇を成し遂げたウクライナのワシル・ロマチェンコを指す。ロマチェンコの対戦相手が試合の途中で戦意喪失するケースが多いことから、那須川は彼の名前を引用したのだろう。かつて那須川の口から著名ボクサーの名前が出てくることはほとんどなかっただけに、大きな変化を感じた。