Jをめぐる冒険BACK NUMBER

“2軍”と言われたアジア大会で西川潤は、PSGのイ・ガンインと大学生の戦友から何を得たか「ハッとさせられた」〈パリ世代インタビュー〉

posted2023/11/09 11:06

 
“2軍”と言われたアジア大会で西川潤は、PSGのイ・ガンインと大学生の戦友から何を得たか「ハッとさせられた」〈パリ世代インタビュー〉<Number Web> photograph by Atsushi Iio

サガン鳥栖で奮闘する西川潤。パリ五輪世代としての意気込み、ここまでのキャリアについて語ってもらった

text by

飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

PROFILE

photograph by

Atsushi Iio

 パリ五輪世代連続インタビュー、今回はサガン鳥栖の西川潤。高校時代から将来を嘱望されたアタッカーは、プロ入り後に出番を得られず苦しい時期があったものの、今年行われたアジア大会で存在感を放つなど、この世代を担う1人として実力を育んでいる。ここまでのキャリアと現在所属するサガン鳥栖、そして世代別日本代表に向けての思いを縦横無尽に語ってくれた。《全2回の1回目/第2回につづく》

 9月半ばから10月にかけて中国の杭州で開催されたアジア大会は、西川潤にとって2019年11月のU-17ワールドカップ以来、4年ぶりの国際大会だった。

 新鮮な気持ちで大会を迎えたのは、間違いない。

 ただ、メンバーに選出されたとき、複雑な気持ちが入り混じったことも否定できない。

「世間一般には“2軍”とか言われていたので、気にはなっていました。チーム内でも、見返すじゃないけれど、絶対に結果を残そうっていう話をしていて」

久々に巡ってきた、国際大会でのチャンス

 4年に一度のアジア大会はもともと22年に開催される予定だった。

 これまで日本はこの大会を五輪代表の強化の場として活用しており、今大会もパリ五輪を目指す大岩ジャパン(U-22日本代表)での参加が決まっていた。

 ところが、コロナ禍のために延期となり、今年9月の開催に変更された。9月上旬にはバーレーンでパリ五輪アジア1次予選が組まれているため、ふたつのチームを編成し、それぞれの大会に出場することになったのだ。

 アジア1次予選に参加するのは、大岩ジャパンの常連メンバー。一方、アジア大会には多くの大学生がエントリーされた。その中に、サガン鳥栖に所属する西川の名前もあったのである。

「改めてメンバーを確認して、こっちの大会に出るんだなって。なんて言うんですかね、やっぱり悔しい気持ちはありました。でも、国際大会なのでチャンスでもある。しっかり気持ちを作って頑張ろうって」

自分には欠けていたものに、気づかせてもらえた

 チームを構成したのは22歳から19歳までの22人の選手たち。そのうち10人を大学生が占める。2002年2月と早生まれの年長世代で、国際経験もある西川は、チームをまとめるために積極的にコミュニケーションを図った。

「プロに内定している選手が多かったんですけど、ほとんど知らない選手だったので、最初は難しかったですね」

 ところが、いざ大学生たちとプレーしてみると、思いもよらぬ刺激を得ることになる。

【次ページ】 セレッソで洗礼を浴び、鳥栖で身につけた新境地

1 2 3 4 NEXT
西川潤
サガン鳥栖
セレッソ大阪
イ・ガンイン
パリ五輪

サッカー日本代表の前後の記事

ページトップ