ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
「あそこまで逃げられると…」寺地拳四朗が“曲者”ブドラーを仕留めた「通せんぼ作戦」とは? TKO勝利の内幕を“名参謀”が深掘り解説
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph byHiroaki Yamaguchi
posted2023/09/20 17:00
ヘッキー・ブドラーに強烈な右ボディを打ち込む寺地拳四朗。老獪な挑戦者をTKOで退けるまでの戦略を、加藤健太トレーナーに聞いた
「テンポが同じだからけっこういいパンチが入ってもなかなか効かない。テンポが同じだと、耐えるタイミングも一緒だし、パンチを返すタイミングも一緒。お互いに力むタイミングと力まないタイミングが一緒なんです。パンチが効くのはフッと力が抜けたときですから」
「右回ってるぞ!」「通せんぼ!」見事に作戦を遂行
6回までのスコアはフルマークで寺地ながら、ブドラーも奮闘し、内容にそこまでの開きは感じさせなかった。ブドラーは12ラウンドで試合をデザインしているのだ。そして7回、ブドラーの仕掛けが寺地をゆさぶった。寺地の勢いにブレーキがかかり、手数がめっきり減った。ジャッジ2人が初めて南アフリカ人にポイントを与えた。
「6回までは互いにリングを回りながら近い距離でポジションを取り合っていたんですけど、ブドラーが7回から急に右回りに徹して遠いポジションを取り始めた。相手の位置が変わって、拳四朗がパンチを打てなくなったんです」
寺地はこの場面を「あそこまで逃げられると難しくて、どうしたらいいか迷った」と明かした。加藤トレーナーによれば、ポイントで負けているほうの選手が判定狙いの動きを始めて、寺地は「こいつ、勝つ気があるのか」と憤ってしまい、心が乱れたようだ。ブドラーは試合翌日、「終盤は脚を使ってうまく戦おうとした」と話しており、あくまで戦略の一つだったと強調している。
集中力を失いかけた寺地に加藤トレーナーが叫ぶ。「右回ってるぞ!」「通せんぼ!」。7回が終わると、加藤トレーナーはあらためて指示を与えた。
「とにかくブドラーの行かせたい方向に徹底して行かせない。通せんぼです。右に回るブドラーに対して左に、左に回るようにと話しました。どんなパンチを打つかは二の次。行かせたい方向に行かせなければパンチも自然に当たるようになるので」
寺地は集中力を取り戻し、作戦を遂行した。そして9回にブドラーをロックオン、連打を見舞ったところでレフェリーが試合を止めた。セコンドも同時にタオルを投げ込んだ。