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千代の富士が叫んだ「貴乃花、痛かったらやめろ!」あの伝説の“貴乃花vs武蔵丸”のウラ側…「エイ、ヤーッ!」治療師の声が聞こえた前日
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byKYODO
posted2023/06/29 11:01
2001年夏場所の千秋楽、伝説の「貴乃花vs武蔵丸」。貴乃花が見せた“鬼の形相”
「自分の定義として、ケガするのは自分がいけないんだと思っています。自分が招き入れたものだから、それは乗り越えなきゃいけない。勝ち負けより、気持ちだけで土俵に上がるしかない。だって14日目に勝ってさえいたら、そのまま私の優勝が決まっていたわけです。ここでケガをうんぬんするのは、勝ち負けより恥ずかしいことだと思っていました。武蔵丸関と当たれるし、『これでもう、引退が飾れるかもしれない』という思いが、どこかにあった。横綱同士の対戦が最後の一番になるというのは幸せなこと。たとえ負けたとしても――」
思えば1994年11月場所後に第65代横綱に昇進し、21回の優勝を誇っていた貴乃花。曙、武蔵丸、魁皇や武双山、貴ノ浪などが群雄割拠し、せめぎ合うなか、大相撲ブームを牽引。その時代の先頭を切り、駆け抜けて来た。
千代の富士が「痛かったらやめろ!」
そして迎えた、22回目の優勝を目前にした千秋楽、結びの一番。貴乃花は患部を痛々しいほどのテーピングでガッチリと固定し、土俵に立つ。その姿に誰もが息を飲んだ。仕切りで塩を取りに行った武蔵丸の耳に、土俵下に審判として座る九重親方(元横綱千代の富士)の声が聞こえた。
「貴乃花、痛かったらやめろ!」
優勝決定戦までもつれこむには膝がもたないだろう、それだけは避けたい、この本割で決着しなければ――そんな不安を打ち消し、残れる気力を振り絞っていた貴乃花に、その声は届かなかった。
「あの時の武蔵丸関は、やっぱりやりにくかっただろうと思います」(貴乃花)
「やりにくかったというか、最初からやる気が出なかったよ……」(武蔵丸)
本割では、立ち合いの呼吸が合わずに3度仕切り直す。そして、武蔵丸の突き落としに貴乃花はあっけなく、バッタリと前のめりに倒れた。わずか0.9秒。賜杯の行方は優勝決定戦に持ち込まれた。
「棄権しろ」直前の伝言
「本割では、膝がイカレているし、子ども扱いされるように突き落とされて、こっちがあっさり負けたでしょう。まず思ったのは、『決定戦では武蔵丸関に失礼にならないようにしなきゃ。これじゃいけないぞ』ということでした。
棄権しようとは思わなかった。もう自分は引退間際だと思っていたし、『ここで棄権しても意味はない』と。同情されるのも苦手で、『それなら潔く吹っ飛ばされて負けた方が気が楽だな』って――」
この時の心境を、貴乃花はそう語っていた。