- #1
- #2
進取の将棋BACK NUMBER
羽生善治九段52歳の新境地「後手番の“ある戦法”」にタイトル経験棋士がシビれる理由「AI的には…ですが」〈藤井聡太王将に挑戦〉
text by
中村太地Taichi Nakamura
photograph byNumberWeb
posted2023/01/08 11:03
王将戦第1局前日記者会見より。羽生善治九段は通算タイトル100期に向けて、藤井聡太王将に挑戦者の立場で臨む
展開については、空中戦になるケースが多いです。飛車や角行、桂馬といった飛び道具が乱舞して、華々しい戦いになる。なので見ている側としては非常に楽しい戦型であるんですけど、指す側としては1つのミスも許されない、命取りになってしまうような感覚があります。つまりリスクが常にあって、精緻な読みが求められる戦型と言えるでしょう。
その一方で対局者同士の意思が合えば、持久戦になることも。すると、どんどん未知の局面、今までの感覚が通用しないような展開も多くなります。
AI的には“あまり評価されていない戦法”にもかかわらず
この横歩取りですが、実は現在AIでの研究が進む中で――AI的には“あまり評価されていない戦法”でした。
江戸時代から指されてきた伝統的な戦型の1つである横歩取りですが、AI的な評価値で言うと、序盤の方で少し遅れを取ってしまうんです。ただ羽生九段はあえてその戦法を取っているのが凄み、と言いましょうか。中盤戦で混沌とした局面を迎えることが多い。そこで羽生九段はねじり合いの強さによって、優位を築いて勝利をものにしている。そんな印象を受けます。
そこには、羽生九段が指す将棋の変化を感じています。
これまでの羽生将棋と言えば“最先端”を行くことを重視していて、対局相手の得意戦法を受けて立つ、そういった大きな指し回しがよく言われていたところでした。ただ近年は〈自分自身に何があっているか〉、〈自分自身の強みは何か〉など、ご自身に向き合いながら指し手や戦法を決めていらっしゃるのかな、と。
羅針盤・大局観が利かない局面でこそ出す力が強み
羽生九段の一番の強みは、ご自身が有している羅針盤・大局観が利かない局面でも非常にいい手を指す。その力が圧倒的に優れています。その強みが一番出やすい戦型が横歩取りにおける“わけがわからなくなりがちな”展開なのかな、とも。
ここ数年、私を含めて棋士は圧倒的な研究量を有するAIと向き合っていくことが課されています。その中にあって羽生九段も角換わりの最先端の将棋を指したり、逆に伝統的な戦法である「矢倉」をやってみたりなど模索された中で、「後手番の横歩取り」を試したところ、うまくかみ合って結果が出てきたと感じます。
前年度の羽生九段は横歩取りを1局も指されていなかったそうで、それは驚きなのですが……2021年度の成績が思わしくなかったからこそ、変化しやすかったのかもしれません。カタールW杯の日本vsドイツも、前半が劣勢だった中で森保一監督がハーフタイム以降に大きく攻勢に出るための布陣変更や交代策を講じたのが印象に残っています。そういった部分では棋士も共通するものかなと。