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藤井聡太の強さに「人間をアンインストール」「落合監督時代の中日」的な部分が? 奨励会で対戦した“異色将棋本の著者”が語る天才の深み
text by
白鳥士郎Shiro Shiratori
photograph by日本将棋連盟
posted2022/05/24 17:01
叡王戦でも強さを見せる藤井聡太五冠。AI的な観点から見てみると?
「そう思います。もちろん努力の賜でもあるのでしょうが。また、寄せの組み立て方が……具体的には筋に入れるまでの手順が非常に人と違うなという気がしますね。結構、逆算で考えているような気がします。
寄せにはいくつか行程があって、これは拙著『終盤戦のストラテジー』にも書いたことなんですが、普通はまず敵陣に侵入する。侵入したら、寄せの準備を整える。そこから囲いを崩し、敵玉に迫って、詰めろを掛けて、詰ましましょうと。こういう流れで進んでいくのですが、藤井さんはゴールから考えている節を感じますね。
よくあるパターンとして、持ち駒をたくさん溜めて、長手数の詰みでスパッと切る。この長手数の詰みを決めるときに、どの駒が詰みに必要なピースなのかをよく考えて、詰めろを掛ける数段階前から考えて行動しているというのを感じます」
藤井竜王のような手と言えば、谷川先生のあの一手
——藤井竜王のように非人間的な手を指せる棋士は、他にいますか?
「特徴があるなと感じる人はたくさんいるんです。けど、非人間的かといわれると……うーん、ちょっと……。強いて言えば、昔……谷川先生が羽生(善治)先生を相手に指した、7七桂と放り込んで勝ったあの一手」
——非常に有名な手ですね。谷川浩司九段は『このような手が浮かぶのは理屈ではない。7七の地点が光って見えた』と、ご自身で回想しておられます。
「あれは非人間的だと感じます。発想が飛躍しすぎている。ああいう組み立てというか構想が藤井さんには多いです」
——そういう手が出ることと、ソフトと実際に将棋を指していることとの関連性はありますか?
「多分にあると思います。ソフトと戦うと、中終盤で人間の想像を超えた手を指してくるので。そういうのを何度も何度も見ると、影響を受けるんです。それを狙って出せるのが理想だと思うんですが、狙って出せなくても、無意識でたまにできてしまうことがあるわけですよ。
アスリートの方でも、『無意識のうちに身体が動いた』とはよく聞きます。そういうことが盤上でもよく起こると思います」
『7つの理論』を使って藤井将棋を読み解くと
——『7つの理論』を使って藤井将棋を読み解くと、どんな感じになりますか?
「非常に『相対的』な将棋だと思います。聡太さんだから相対的と言っているわけではなく(笑)」
——(笑)。7つの理論は『相対性』『即効性』『耐久性』『可動性』『保全性』『局地性』『変換性』という観点から現代将棋を再構成する試みですが、その中でも『相対性』の面が最も強いと。
「拙著に『相対性理論は、相手よりもほんの少しだけ勝った状態で使うと作戦勝ちになりやすい』と書いています。大差で勝とうとはしていないんです。白鳥さんの『りゅうおうのおしごと!』の中で、『嬲り殺しの万智』ってキャラが出てくるじゃないですか」
——出てきますね。穴熊使いの女流棋士です。
「すごい大差で勝とうとすると、穴熊のようにバランスが崩れるわけです。けれど藤井さんの将棋は自陣のバランスもそうですし、相手とのバランスも取っていると感じます」
——相手とのバランスとは、具体的には?
「前期のB級1組の対局。松尾歩八段との将棋で、序盤の何気ない局面で1六歩と突いている手があるんですが、こういったところが相対的といえます。松尾先生の歩だけ1四と突いていて、藤井さんはまだ1七にあったんですね。別にこの局面で1六歩と突く必要はなくて、他の手を指してみたいんですよ。まだ駒組みが完成していないので。
ここで敢えて1六歩という手を選ぶのが、相手をよく見ているなと。こういう細かい部分で均衡を保つと、大差になりづらい。非常に地味ですが、ここで1六歩を選べるのが、藤井さんの特徴が出ている」
——藤井竜王が序盤であまりリードを奪わないのは、敢えてそうしていると?