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オシム「美しさはないが、何度も…」巻誠一郎→我那覇和樹が泥臭く決めた一撃を“代表ベストゴール”と称えた理由

posted2022/03/29 06:01

 
オシム「美しさはないが、何度も…」巻誠一郎→我那覇和樹が泥臭く決めた一撃を“代表ベストゴール”と称えた理由<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

オシムジャパンのセンターフォワードとして活躍した我那覇和樹

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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Tamon Matsuzono

7大会連続となるW杯出場を決めた日本代表。これまで数多くの外国人指揮官が世界と伍するための戦略・哲学をチームに注入してきました。今回はNumber1001号『日本サッカー希望の1ゴール』特集からイビチャ・オシム、フィリップ・トルシエ、アルベルト・ザッケローニの3人に「最高の1点」を選んでもらった記事を全文掲載します(全3回/ザック編トルシエ編も)

日本サッカーを発展させるという大きな使命を受けて代表を率いた歴代の外国人監督が、この国で戦う自信を得た1ゴールについて語った。

 そのとき時計の針は90分を過ぎようとしていた。坪井慶介がゴール前に上げたロングボールを、巻誠一郎がヘディングで落とす。そこに滑り込んで合わせたのが我那覇和樹だった。

 2006年9月6日、イエメンの首都サナアのアリモーセン・アルムライシスタジアム。日本の先制点は、試合を決めた決勝ゴールでもあった。この我那覇の得点が、日本代表監督時代で最も印象深かったとイビチャ・オシムは言う。

「まずゴール自体が素晴らしかった。美しさはないが、何度も見返したくなるような力強さに溢れていた」

 我那覇にとってもこれが代表初ゴールだった。オシムによってはじめて代表に招集された我那覇は、鈴木啓太らとともに「井戸の水をまだ汲みつくしていない」国内組のひとりであった。

負けられない試合だったイエメン戦

 3日前にジェッダでのサウジアラビア戦を0-1で落としていた日本にとって、イエメン戦は負けられない試合だった。「難しい試合だった」とオシムは振り返る。

「相手は日本が圧倒しなければならないチームだが、勝って当然という雰囲気でプレッシャーがきつかった上に、イエメンは勇敢でアグレッシブだった。さらにピッチ状態が酷く、思うようにボールを回せなかった。技術に長けたチームにとってあのようなピッチは難しい。引き分けも覚悟した」

 オシムが代表監督に就任したのは、日本がドイツW杯で惨敗した直後の'06年7月21日。トリニダード・トバゴとの親善試合(東京・国立競技場、2-0で勝利)を経て最初に臨んだ公式戦が、イエメン、サウジアラビア、インドとのアジアカップ予選(ホームアンドアウェー)だった。

 本来であれば日本は前回優勝国として予選を免除される。しかし東南アジア4カ国の共同開催となった'07年大会は、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシアすべてに出場権が与えられたため、予選からの出場を強いられた。

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