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《東京五輪金メダル監督》がなぜ日本のVリーグに? 眞鍋新代表監督もお手本にする知将ロラン・ティリのバレーボールとは
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byNoriko Yonemushi
posted2021/11/13 06:01
パナソニックパンサーズを率いて2年目を迎えたロラン・ティリ監督。寝られなくなるほど、バレーボールのことを考え込む毎日だという
指揮官の思いは徐々に浸透し、ヌガペトを筆頭に個性派が揃うフランス代表の選手たちが、勝負どころで結束し大きな力を発揮するようになっていった。
監督就任3年後の2015年にワールドリーグやヨーロッパ選手権で優勝し、2016年リオデジャネイロ五輪で3大会ぶりの五輪出場を果たす。この時は予選ラウンドで敗退したが、5年後の東京五輪で、頂点に立った。予選ラウンドは大苦戦し4位での通過だったが、準々決勝で優勝候補のポーランドをフルセットの末に撃破。準決勝でアルゼンチンを退け、決勝でROCにフルセットの末、勝利し、悲願を果たした。
前評判のそれほど高くなかったフランスが金メダルに上りつめた勝因の1つはサーブだった。
「私の哲学として、サーブとサーブレシーブを一番重視している。バレーボールはそこから始まりますから」とティリ監督。
特にサーブは試合の主導権を握るカギ。フランスは直接ポイントを狙える強力なジャンプサーブだけでなく、ROCに対してショートサーブを多用するなど、個々が多彩なサーブを状況に応じて巧みに打ち分け、崩したり、相手の攻撃を絞り込む効果につなげていた。
「すべての選手が色々な種類のサーブを持っていると、相手はどんなサーブが来るかわからないのでメンタル的に苦しくなるし、サービスエースを取るだけが目的ではなく、相手をアウト・オブ・システムにして、自分たちの展開にするという目的があります」
相手のセッターやスパイカーの傾向を細かく分析し、相手の嫌がるコースや、セッターの癖が出やすいコースがあれば、そこにリベロがいても、そのコースを狙う。
Vリーグ王者・山村監督も質問攻め
この夏、フランス代表のバレーに感銘を受けたのは、眞鍋監督だけではなかった。
V1男子の昨季の覇者・サントリーサンバーズの山村宏太監督も、東京五輪でのフランスの戦い方に「ものすごく刺激を受けた」という。リーグ前にパナソニックと練習試合を行った際にはティリ監督を質問責めにしたほど。山村監督はこう語る。
「ただ強いサーブが“入るか入らないか”で試合が左右されるんじゃなく、状況に応じて前後に揺さぶったり、相手の嫌なところに落としていくサーブは理想的。ティリ監督率いるフランスがそういうバレーをしていたので、おそらく世界各地で、ミス率をコントロールしながら、相手のスパイカーを動かしてパイプ攻撃をなくすなど、サーブが相手に仕事をさせないバレーボールの起点となる流れにシフトしているんじゃないでしょうか。
トップチームになるほど、強いサーブに対しては目も慣れている。日本はまだ『攻めないと勝てない』というところで止まっていたと思うし、日本では、ミスしちゃいけないとなると、チャンスサーブを入れていくことが多かった。ミスをしてはいけないとかリスクを避けるというよりも、『ショートサーブでも点数を取れる』というマインドが効果的だし、気持ちのゆとりにも繋がるんじゃないかと思います」
今季のVリーグ男子の試合を見ていると、全体的にサーブの打ち分けが多彩になっており、東京五輪のフランス代表の影響を感じる。
ジェイテクトSTINGSのリベロ・本間隆太はこう話す。
「今季はショートサーブが多くなっていて、東京五輪を見てみんなやり始めたのかな、という印象はあります。ただ強いサーブばかりだと、慣れてくるとポンポン返り始めるので、ショートサーブがあるとないとでは全然違う。『あるかも』と思うだけで少し陣形も変わる。陣形が少し前に出たところで、ストロングサーブがくると厳しいですから」
ティリ監督は昨季のパナソニックで既にフランス代表のスタイルを取り入れており、個々のサーブ技術向上と緻密な戦術が噛み合った結果、昨季はサーブ効果率1位だった。
パナソニックのセッター深津英臣が、「サーブの戦術やディグのポジショニングなど、新しい、世界基準を教えてくれる」と言うように、ティリ監督はチームに様々な刺激を与えてきた。選手起用もその1つだ。