甲子園の風BACK NUMBER
《名門の変革》「マウンドに集まるの、やめないか?」智弁和歌山が小園健太を乗り越えた夏…イチロー直伝の走塁と全員野球
posted2021/08/08 17:02
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph by
Sankei Shimbun
甲子園切符をかけた今夏の和歌山頂上決戦は、プロもうなるハイレベルな駆け引きの連続だった。
5回を終えた時点で0-0。その陰には、市和歌山の小園健太-松川虎生というプロ注目のバッテリーと、智弁和歌山打線の息詰まる攻防があった。
視察していたNPBのあるスカウトはこう語った。
「小園君、松川君のバッテリーは、1球たりとも失投は許されないと考えて、本当に丁寧に投げている。智弁和歌山打線は、初球からどんどん仕掛けに行っている。小園君のようなピッチャーに対して最初から仕掛けるんですから、すごいですよね。それをバッテリーも察知していて、初球からいろんなボールを使っている。
今までの試合ではおそらく(初球は)まっすぐとスライダーが多かったと思いますが、今日は初球からスライダー、カットボール、チェンジアップなどをまんべんなく使っている。さすがですよ。両チームとも本当にレベルが高い。感心しながら見ています」
駆け引きは試合前から始まっていた。
先発はエース中西ではなく伊藤
「伊藤や」
智弁和歌山の先発メンバーを見た市和歌山ベンチは面食らった。先発はエース中西聖輝だと予想していたが、背番号18・伊藤大稀の名前があった。
中西は2日前の準決勝で投げていなかったこともあり、決勝の先発は中西だと誰もが予想した。中西自身も行く気満々だった。
決勝の前日、智弁和歌山の中谷仁監督は、投手陣を乗せてドライブに行った。そこで切り出した。
「どうする? 明日」
中西が、「僕が全部行きます!」と間髪入れず答える。エースの意気込みは嬉しかったが、中谷監督は別のプランを提案した。
「『オレな、実はこういうプランを考えてんねんけど、どお?』と聞いたら、『監督が言うんやったら、それで行きましょう』と、彼らもそっちに乗ってくれたので、『じゃあ信じて行ってくれるか』と。『伊藤に何かあったら全員でカバーしようや』という話をして、『よっしゃ』と覚悟が決まった感じでした」
140キロ台前半のストレートがあり、制球もいい伊藤は、抜擢に応え、今夏好調だった市和歌山打線を6回まで0に抑えた。
一方で、150キロを超えるストレートと多彩な変化球を操り、投球術にも長ける小園攻略については、中谷監督は細かい指示は出さなかったという。