炎の一筆入魂BACK NUMBER
カープ3連覇は黒田博樹の帰還から。
緊張感を与えてくれる、最高の見本。
posted2020/05/13 19:00
text by
前原淳Jun Maehara
photograph by
Kyodo News
あれだけ待ちわびた景色も、直視できないほどの感情だったのだろう。
歓喜の胴上げで、黒田博樹は両手で帽子のつばをグッと握り、顔を隠していた。広島が25年ぶりの優勝を決めた2016年9月10日、東京ドーム。緒方孝市監督(当時)の胴上げ直後、後輩たちに促されるように黒田が宙を舞った。
涙を流す数時間前、黒田は怒りをあらわにしていた。
4回表、逆転を許した巨人先発のマイルズ・マイコラスが安部友裕にこの試合2つ目の死球を投じた直後だった。三塁側ベンチ前で両手を広げ、マウンドの助っ人右腕に叫んだ。米国では報復されるであろう投球に、黙ってはいられなかった。目の前の一戦にすべてをかけて闘う姿勢、集中力、執念……。側で同じように両手を広げて抗議した新井貴浩とともに、広島の歴史を変えた試合で見せた姿は、今も広島を象徴するものとして根付いている。
先輩、後輩ではなく、戦う仲間。
黒田が復帰したばかりの2015年2月。春季キャンプやマツダスタジアムで、すぐに背番号15の姿は見つけられた。多くの報道陣を引き連れ、個別調整が許されていたこともあった。
だがそれ以上に、まだチームメートとの距離感を感じた。前年まで米大リーグで5年連続2桁勝利という実力。世界的人気や注目度。「男気」という言葉も独り歩きし、黒田はまだ「KURODA」だった印象があった。
ただ、実像は違った。周りが一歩引くなら、自ら一段降りるように歩み寄った。チームメートや裏方にいたずらをして笑い、次第にいじられるようになった。
「プロ野球選手として良く扱われるのは今だけ。そこでの立ち居振る舞いが大切だと思っている。こっちに帰ってきて先輩、後輩というのはない。同じ1つの目標に向かって戦っていく仲間。この年齢になれば関係ない」
登板前日を除けば、取材も断らない。登板日から離れた取材なら、冗談も交え笑わせた。