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大迫傑には自尊心と自重が同居する。
東京マラソン、会心の完勝劇の裏側。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byNanae Suzuki
posted2020/03/03 11:40
大迫傑ほどのランナーにとっても、オリンピックへの道は簡単ではなかった。それだけに本番への期待は高まる。
MGCで見せた意外なほどナイーブな姿。
「今日は自分の力を100%出せたと思います。優勝争いに絡めなかったのは残念ですが、1、2番目の選手が自分の100%を超えていたということなので、自分の『100%』を上げていきたいと思います」
私は、福岡国際マラソンでの走りを見て、大迫は実力をわきまえつつ、レース展開の中で自在に戦術を変更できるスマートなランナーに成長したことを確信した。
そして2018年にはシカゴ・マラソンで2時間5分50秒の日本記録をマークして、名実ともに日本の第一人者に躍り出た。
ところが、2019年9月15日に行われたMGCレースで、大迫は意外な敗戦を喫する。
レース序盤に設楽悠太(Honda)が飛び出したことで、集団のなかでの細かな駆け引きに付き合うことになってしまい、少しずつ力が削られていった。
「横綱」であるがゆえ、周囲の仕掛けに付き合わざるを得なかったのだ。
終盤では中村匠吾(富士通)、服部勇馬(トヨタ自動車)にかわされ、しかも最後まで後ろを振り返るという、ナイーブなレースを展開してしまった。
これだけ繊細な大迫を見ることになるとは、想像すらしていなかった。
最後に勝つために自重する。
ただし、今回の東京マラソンでは、福岡国際とMGCの経験がプラスになったと見る。
3人いたペースメーカーが20km地点でひとりになってしまい、すると有力どころのアフリカの選手たちがそのペースメーカーをつつき出した。それまで5kmを14分45秒前後で推移していたペースは、25kmまでに14分34秒に跳ね上がった。
この20kmから30kmまでの10kmが、東京オリンピックの3つ目の代表枠を争う井上大仁(MHPS)と、大迫の勝敗の帰趨に影響を与えた。
井上は、第2集団につけたまま14分44秒、15分03秒で乗り切ったが、ここで大迫は自重して14分50秒、15分08秒とペースを守った。
テレビで見る限りは、「大迫が遅れてしまった……」と見えたが、大迫はレース後にこう振り返る。
「自分のキャパ以上に走ると潰れてしまうと思ったので、自分の体と対話しながら走りました」