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ただの将棋の強いおじさんではない。
AI時代にすり寄られた木村一基王位。
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph byKyodo News
posted2019/10/10 08:00
「千駄ヶ谷の受け師」、「将棋の強いおじさん」で有名だった木村一基王位。46歳の初タイトルは彼の真価を世に知らしめた。
渡辺明三冠もバランス重視に対応。
現棋界最強の渡辺明三冠は、一時AIの感覚とのズレに悩み、'17年は21勝27敗と自身初の負け越しを喫してしまった。しかし翌年には見事にAIの感覚を会得し、40勝10敗とV字回復。今年も18勝4敗と突っ走り続けている。
「後手番の戦い方に悩み、振り飛車を試してみたり色々ともがいてしまいましたね。薄い玉形でバランスを重視する指し方に行き着いて、それが意外と自分にマッチしたということだと思います」と、自身のモデルチェンジを語ったのは渡辺三冠。豊島将之名人との激闘が1、2年続いているが、戦型は角換わりと相がかり。バランス勝負の二大戦法だ。
そこに割って入ってきたのが木村一基だ。
今年度、渡辺-豊島戦は7局も指されているが、それよりはるかに多いのが木村-豊島戦の10局。もちろん大一番ばかりで、王位戦は4勝3敗で木村が奪取したものの、竜王戦の挑戦者決定3番勝負は木村から見て1勝2敗。豊島が挑戦権を獲得している。
短期間で10番勝負をフルに戦うというのは、実はなかなか出ない設定。それほど、渡辺を含めて、豊島、木村がタイトルに近い大勝負に進出し続けている証拠だ。
「木村さんは昔から指し方を……」
「木村さんは昔から指し方を変えていません。リスキーで損な指し方と言われていたこともありましたが、いまはAIに最も高く評価されている棋士です。言ってみれば、時代が木村さんにすり寄ってきたということですね」は渡辺三冠の至言。
現代将棋がバランス最重視の時代に入ったところ、その経験値にまさる木村一基がタイトル保持者の一角を務めるのは実は必然なのかもしれない。
ただの「将棋の強いおじさん」ではない。「時代にすり寄られた男」は想像以上に奥が深いはずだ。