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“カッチー”田中勝春も今や48歳。
騎乗減少もまだまだ衰えていない。

posted2019/07/12 17:00

 
“カッチー”田中勝春も今や48歳。騎乗減少もまだまだ衰えていない。<Number Web> photograph by Satoshi Hiramatsu

“カッチー”の愛称でおなじみの田中勝春。JRA通算2000勝まであと234勝(7月7日現在)、小気味いい騎乗での重賞勝利を見たい。

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平松さとし

平松さとしSatoshi Hiramatsu

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Satoshi Hiramatsu

 今週末に行なわれる函館記念(GIII)で、マイスタイル(牡5歳、栗東・昆貢厩舎)の手綱を取るのが田中勝春騎手(48歳)だ。

“カッチー”の愛称で知られる彼が、同馬とコンビを組むようになったのは昨年の春。

 オープンの福島民報杯でいきなり2着に入ると、次走の新潟大賞典(GIII)こそ6着に敗れはしたものの、自己条件に戻った1000万条件、1600万条件(いずれも当時)を連勝。その後は重賞戦線を歩み福島記念(GIII)2着や、今年の年頭の京都金杯(GIII)でも2着。未だ重賞勝ちこそないものの、前々走のダービー卿CT(GIII)では勝ったフィアーノロマーノから僅かクビ差+ハナ差でタイム差無しの3着に善戦してみせた。

 1971年2月25日、北海道の牧場で生まれた田中勝春騎手。幼少時は野球やスケートに興じるスポーツ少年だった。実家が牧場だった事もあり「物心がついた時には馬に乗っていた」とも語る。

「競馬という事で最初に記憶しているのはテンポイント、トウショウボーイ、グリーングラスの3強です。実家の牧場とは直接の関係はありませんでしたけど……」

 いわゆる「T・T・G」と呼ばれた3強がしのぎを削ったのは'76年から'77年で、勝春少年はまだ5、6歳の頃だ。それでも記憶に残った、というところがさすが牧場の出自だと思わせる。

気づけば騎手に、同期に角田調教師ら。

 当時から体が小さかった彼は、周囲から「騎手になれ」と言われながら育った。

「洗脳されるような感じで、気付いた頃には騎手になるものだと思っていました」

 中学3年の時、セリ会場で父の生産馬を引っ張っていると、JRAの職員に声をかけられ「騎手になりたい」事を話すと、後日競馬学校の願書が送付されてきて、そのまま受験し、合格。

 入学したのが'86年で、同期には角田晃一騎手(現在は調教師)や小野次郎騎手(同調教師)、佐藤哲三騎手(同引退)らがいた。2つ上の学年には武豊騎手や蛯名正義騎手がいる中で学校生活を送り、3年後の'89年には無事に卒業、美浦・藤原敏文厩舎からデビューを果たした。

【次ページ】 1年目の田中を襲ったバセドー病。

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