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元キマグレン、2戦2敗のボクサー人生。
クレイ勇輝「あんな瞬間、人生で……」
text by
宮田文久Fumihisa Miyata
photograph byIchisei Hiramatsu
posted2017/08/07 08:00
現役生活を嬉しそうに振り返るクレイ勇輝。たとえボクシングに愛されなくても、ボクシングを愛していることが手に取るように分かった。
「LIFE」が鳴り響くなか、穏やかな表情で入場した。
それでもライセンス失効までの月日は、残酷に過ぎていく。しかも昨夏には、練習中に右手首の靭帯を断裂。その後も痛みは引かず、今年に入りボクシング界で頼りにされるドクターに診てもらうと「手術が必要だ」といわれたという。
「スポーツをやっていたのである程度の筋肉はついているんですが、手首が細くて……その意味では、年齢的なものも含めて、フィジカルがついていかなかったんだと思います。かといって、手術をしてしまっては7月17日にライセンスが失効するまでに試合ができない。なら、もう試合をやることにしよう、と。性格的にも、口にすることでそれが形になっていく、と思うタイプなんです」
そして7月11日、運命の“ラストチャンス”の日がやってきた。右手の痛みはおさまらず、直前までバンデージを巻くことも、グローブを嵌めることも、腕を伸ばすことさえままならなかった。それでも、キマグレン「LIFE」の曲が鳴り響くなか入場してきた彼の顔は、穏やかで、リラックスしていた。ファンたちの黄色い声援のみならず、元からのボクシング界、いや後楽園の住民による「クレイーっ!」という野太い応援の声も飛び交う。いちプロボクサーとして、再び彼は後楽園のリングに上がった。
「相手セコンドも、レフェリーも笑顔だった(笑)」
相手選手もデビュー後2連敗で、同じく後がなく、この試合にすべてを賭けていることが、対角線上のコーナーにいるクレイにも伝わってきた。「だからこそ、僕は倒れちゃいけないな、と思いました。芸能人だろうがなんだろうがリングの上では関係がないし、怪我も言い訳にはならない。何がなんでも、立ってなきゃダメだ、と」
その言葉通り、クレイは4ラウンドに渡って、リングに立ち続けた。手数を多く出しながら突っ込んでくるタイプの相手選手に対し、パンチはもらいながらも隙を突いては反撃を仕掛けた。得意の左ボディーが相手を捉えた瞬間には会場も沸いた。そして、動かないはずの右も、威力こそ減じられているものの、痛み自体を吹き飛ばすように、果敢に相手に打ち込んだ。最後まで気力を振り絞って戦う、そのリング上の姿に、終盤は「クレイ! クレイ!」と場内から大きなコールが巻き上がった。そして、試合終了の、そしてクレイの“引退”のゴングが鳴り渡った――。
判定負けの結果にも、リング上のクレイは、どこまでも晴れやかな笑顔を見せていた。
「本当に幸せでしたね。相手のセコンドの方も、なぜかレフェリーの方々まで笑顔で(笑)。まるで映画のワンシーンのようでした。
アーティストとして武道館に立つのとはまた異なる、脳裡が真っ白になるような後楽園ホールのリングを、2度も体験できた。あんな瞬間、これからの人生でもあるかどうかわかりません。結果にかんしては、僕は弱かった、以上。それがボクシングですから」