マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
広島・加藤拓也の初登板は酷だった。
一軍打者に、振ってもらえない辛さ。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2017/02/13 07:00
加藤拓也は、高校1年まではキャッチャーだった。投球の組み立てを磨く素地は持っていると言えるだろう。
打者に相手にされなかった、というのが本当のところ。
キャンプ1週目のこの時期にしてはとんでもなく速いが、その剛速球がストライクにならない。
この時期の調整途上の打者たちが、こういう“荒れ球”と本気で向き合うわけがない。ここまでの6日間、自分が積み上げてきたバッティング感覚が崩れてしまう。
ボール球は絶対に振らないし、たまに来るストライクにも触りにいくだけ。38球投げて、ヒット性の打球は1球もなかったと新聞は持ち上げたが、およそ半分がボール球の“バッティングピッチャー”は、打者から勝負を避けられてしまった。
現実は、こういうところだった。
お世辞を言わない田中が褒めるのだから、先は明るい。
「ストレート、悪くなかったですよ。でも、変化球のほうがいいですね、あれ、スライダーですか? タテにキレるやつ……」
お世辞など絶対言わない田中広輔がこれだけ認めたのだから、“先”は決して暗くはなかろう。
「前のL字のネットがちょっと気になったのと、隣でピッチャーが投げているのも慣れていないんで……。(打者の)後ろですごい方たちがたくさん見てるのも緊張してしまって、体が突っ込んでリリースでの指先感覚がバラバラになってしまいました」
彼にしてはしおらしく、声のトーンも下がりがちな反省会だったが、高校生じゃないのだ、そんなこと言ってる場合じゃないだろう。
「指にかかったボールは、スイングを押し返してファールになってたりしたんで、それが収穫だったかな……とも思います」
負けん気を言葉に表した瞬間もあったが、一軍の打者が本気で踏み込んで、本気で振り抜いたスイングだったのかどうかは、向き合って腕を振った本人がいちばんよく知っているはずだ。
ふてぶてしいマウンド態度と勝負度胸。
学生時代の加藤拓也が高く評価されていたのは、そういう部分でもあった。
しかし、本当にふてぶてしく本当に度胸のあるヤツは、今日のこういう場面でこそ、見事にみずからをコントロールして、“海千山千の岡目八目”をギャフンと言わせるようなあっぱれなピッチングをしてみせるはずだ。
根は、けっこう繊細な、思慮深い人格のように思う。