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ブンデス最年少主将は、酒井高徳。
名門HSVが全幅の信頼を置く理由。
text by
ミムラユウスケYusuke Mimura
photograph byAFLO
posted2016/12/22 07:00
鬼気迫る表情でチームメートを鼓舞する酒井高徳。クラブ史で一度も降格を味わったことのない名門を立て直そうと必死に戦う。
喜びをあらわにする酒井を見たのはいつ以来か。
喜びを爆発させた理由を、酒井は語る。
「プラン通りの得点でしたからね。監督のメッセージどおり、相手が10人になって、そこからさらに点を獲れたので。『プラン通りだ! 最高のシチュエーションだ!』と思って、嬉しかったんですよね」
あのようなアクションは、ドイツのサポーターには間違いなく好意的に受け入れられる。例えばバイエルン・ミュンヘンのミュラーがファンからの支持が厚いのも、気持ちを前面に出す姿勢があるからだ。毎試合を決勝戦のような気持ちで戦う選手が、ドイツ人は大好きだ。
ただ、酒井がそんな風に喜びを身体で全身を使って表現する姿勢は、ともすれば久しぶりのように見えた。
ドイツに移籍した当初、とにかくアグレッシブだった。
2012年1月にシュツットガルトに移籍した酒井は、'11-'12シーズンの途中からの加入ながらも、14試合で5アシストをマークした。シーズン開幕前に加入していれば、ベストイレブンに選ばれてもおかしくはないほどの活躍だった。
ドイツ人の母を持つということもあり、ドイツ代表に推す声が挙がっていたのも、そのパフォーマンスとは無縁ではなかった。もっとも、本人に日本代表以外でプレーするつもりはなかったが。
当時の酒井は、とにかくアグレッシブに、ガンガン前に出て行った。セットプレーのキッカーも任されることがあった。味方のゴールが決まれば、派手なガッツポーズで、喜びを爆発させた。酒井が加入してからのシーズン後半戦の成績だけに限ればリーグ優勝を果たしたドルトムント、バイエルンに次いで3位に入っていた。
総得点もドルトムントについで2番目に多かった。当時、ドルトムントにいた香川真司も雑誌のインタビューで“酒井ならば、すぐにドルトムントで活躍できるほどの選手だ”と話していた。