相撲春秋BACK NUMBER
“男 境川”親方がみた男の夢。
豪栄道全勝優勝と部屋設立の物語。
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byKyodo News
posted2016/10/11 07:00
大相撲秋場所の全勝による初優勝を、大杯を抱えて祝う豪栄道。その側には境川親方が座る。
境川親方のコワモテの裏にあるシャイで優しい性格。
あれは豪栄道が大関に昇進した、平成26年7月場所後のこと。昇進伝達式の日は、くしくも境川親方の誕生日でもあった。
金屏風を背に乾杯をし、報道カメラマンがシャッターを切る。さて記者会見に移ろうとした瞬間、気を利かせた関係者が、「今日は親方の誕生日です!」と大きなバースデーケーキを手に現れた。祝賀ムードもさらに盛り上がるかと思いきや、この思いがけない演出を、境川親方はすかさず一喝した。低い声が響く。
「今日は豪太郎の祝いの日じゃ! いらん、引っ込めろ!」
今日だけは愛弟子が主役の、晴れがましい日なのだから――そう、弟子をも立てる師匠なのだった。しかし、そのコワモテの裏には、多分に「シャイ」な性格も隠されているに違いない。気を利かせてくれた関係者には、金屏風の後ろで、「さっきは悪かったな……。ありがとうよ」と耳打ちしたと想像する。
今、かつての境川親方が問わず語りにぽつりぽつりとつぶやいていた言葉を思い出す。
それはまだ、豪栄道が関脇となったばかりの頃だと記憶する。親方がどんな空間よりも大切にしているであろう稽古場の上がり座敷――土俵のみならず、玄関、ちゃんこ場まで見渡せ、目配り気配りができる定位置に――どっしりと腰を下ろして、「男 境川」は訥々と言った。
「今の時代、親方たちがみんな借金してまで相撲部屋をやってるって、結局は、いつか優勝力士を出したい、横綱や大関を作りたいって男の夢――その思いだけなんだよな」
――大関を作った。優勝力士を出した。
師匠の背中を見続け、追い掛ける弟子たちも、また同様に多くは語らない。
次なる「男の夢」を叶えるために、今日も黙々と土俵に向かっている。