REVERSE ANGLEBACK NUMBER
代表に足りない、わずかの「塩」。
大久保嘉人が待望される本当の理由。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byJ.LEAGUE PHOTOS
posted2014/05/09 16:30
5月3日の試合ではノーゴールに終わったが、今季の大久保は第12節終了時点(川崎は11試合消化)で6ゴール。トップと2点差、リーグ4位タイの成績を残している。
「御前試合」でノーゴールも、本人はあっさりしていた。
5月3日のヴァンフォーレ甲府との試合はザッケローニ監督が視察する「御前試合」である。最近の選手には珍しく、はっきり「出たい。選ばれたい」と公言している大久保が、どれだけエゴを見せるか、楽しみにして出かけて行った。
等々力のスタンドには大久保の選出をザッケローニ監督に訴える横断幕が張り出されていた。サポーターにも待望論は強いのだ。張り切らざるを得まい。
ところがこの日の大久保は、選出へのアピールのため、しゃにむにゴールをねらうようなプレーはあまり見せなかった。2トップのひとりだったが、少し下がって、パスの出し手になる場面も多く、「もっと強引に行ってくれよ」と思うこともたびたびだった。
見せ場は前半と後半にそれぞれひとつずつ。前半は23分にゴール前でフリーになり、GKの股抜きをねらうシュートを放った場面。きれいに抜けてゴールかと思ったが、わずかにGKの右足に触れたためにボールの方向が変わり、ゴールはならなかった。
後半は35分にゴール前でフリーになりかけ、シュートかと思ったが、もっといい体勢で打とうと切り返したところを囲まれ、シュートならず。本人以上にサポーターやメディア席の記者たちが天を仰ぐような絶好機だった。
結局得点することはできず、ザッケローニ監督へのアピールという点では物足りない結果に終わってしまった。
しかし、大久保はあまり落胆した表情は見せなかった。
「入らない時はこんなもの。この試合だけで代表入りが決まるわけじゃなく、積み重ねだから」とあっさりしたものだった。
あんこを作るとき、塩を入れると甘さが際立つ。
この日の川崎はパスの出し手である中村憲剛が欠場し、大久保は有力な供給源を断たれた形だった。中村の役目の一部は自分が担わなければならない。下がってプレーする場面が多かったのはそうした事情もあったろう。それを難なくこなして勝利に貢献したのは成長とか成熟と呼べるかもしれない。発言も大人だったし。
しかし、衣の下に鎧というか、早いリスタートから相手を出し抜こうとしたり、それがばれてもぬけぬけと審判に握手を求めたりするところに大久保らしさが見えた。フリーの位置でパスをもらえなかったときの、手を叩いて顔をしかめる表情に彼らしい、もっといえば本質的な点取り屋らしい姿がのぞけた。点は取れなくても、こういう姿を見せられるとサポーターは沸く。そういうプレーが作り出すバイブレーションは大きな大会では貴重なものだろう。
あんこを作る時、塩をちょっと入れると甘さが際立つ。今の代表にはその、わずかの塩が足りない気がする。大久保は塩になりうる選手だと思うのだが。