濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
北岡の咆哮と弘中の号泣。
“リスク”が名勝負を作った。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byHisao Yamaguchi
posted2010/10/12 10:30
勝利し雄叫びをあげる北岡悟(手前)に対し、弘中邦佳は涙を流すことを憚らなかった
10月3日、ディファ有明で行なわれた北岡悟と弘中邦佳の一戦に、主催団体のパンクラスは“Risk”というサブタイトルを冠した。
北岡はパンクラスの看板選手。戦極で五味隆典を破ってライト級のベルトを腰に巻いたこともある。対する弘中は金網イベント『ケージフォース』のライト級チャンピオンで、DREAMに参戦した経験がある。つまりこの試合はパンクラス対ケージフォース、戦極vs.DREAMという側面をもっていた。
さらに付け加えるなら、北岡は昨年、戦極のタイトルを失うなど2連敗し、今年6月に復帰したばかり。弘中も3月のDREAMで菊野克紀にKO負けを喫している。勝てば“日本屈指の強豪”というポジションが獲得できるが、負ければ次のチャンスがいつ訪れるか分からない崖っぷち。勝って得られるものと負けて失うもののギャップがあまりにも大きい、まさにリスキーな一戦である。
北岡と弘中、両者の異様な集中力と密度の高い攻防。
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そういう試合に臨む両者の集中力は、異様なまでに高かった。表情に気合いがみなぎる弘中。北岡にいたっては目が完全に飛んでいた。トランス状態と言ってもいい究極のテンションで弘中を睨みつける。
ゴングが鳴っても、闘いのポイントは集中力だった。お互い手数が途切れることはなく、同時に一つのミスも犯すことがない。北岡が左ミドルキックを放つと、弘中はすかさず間合いを遠目に再設定。離れた距離から蹴りとジャブを飛ばしていく。それに対し、北岡は大きく踏み込んでの左フックで対応していく。
組み技の攻防でも、二人は一歩も譲らなかった。フェイントからタックルを仕掛ける北岡だが、弘中はこれを完璧にディフェンス。弘中が上になったときにはパウンドと下からの蹴り上げが交錯した。
どんな局面でも、一瞬たりとも妥協しまいという密度の濃い攻防だ。北岡は足関節技を中心に抜群の“極(き)め”の強さを持つグラップラー。対する弘中も寝技を得意とする選手だが、立ち技格闘技シュートボクシングでKO勝ちを収めたこともあるオールラウンドなタイプである。気を抜けば、その瞬間に試合が終わってしまうことを二人とも分かっていた。
いや、それは観客も同じだ。この試合は、決して派手な殴り合いや関節技のしのぎ合いではなかった。打撃やタックルでイニシアチブを奪おうとし、寸前でそれが防がれる。そんな展開である。いわば駆け引きの連続。なのに会場の雰囲気は弛緩したものにはならなかった。どちらかがイニシアチブを奪った時、すぐさま試合が終わるであろうことを誰もが確信していた。