ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
就活より大切な“今”を求めて――。
米国パシフィック・クレスト・トレイルへ。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byMiki Fukano
posted2013/04/22 10:30
4月26日からパシフィック・クレスト・トレイルを歩き始める予定の大学生・井手裕介くん。
「いつやるのか?」から「身が軽い今が好機だ!」へ。
今の時代、食いっぱぐれてしまうことはあるまい。ならば仕事とか、就職ということを考えず、フラットな気持ちで、やりたいことをやれるタイミングの時にやってしまったほうがいいのではないか。
今、テレビの周辺をにぎわせている予備校教師のセリフを当時の自分は知るよしもないが、それでも「いつやるのか?」「いつならやれるのか?」を考えると、自ずと答えは出てきた。
休学して周りの同級生から遅れをとることに抵抗がなかったわけではないが、自分のことをつきつめて考えていくと、越えるのが難しそうに思えたハードルも、蹴飛ばしていけば前に倒れていく、見せかけのものだと思えた。
「休学がなんだ。一年の遠回りがなんだ。就職はいつでも出来る」
このタイミングを逃すと、ハードルは壁となり、自分の周りを四方から囲み始め、自分自身の身が重くなるであろうことも、容易に想像できた。
さらに、もしもこのまま就職活動を経て社会人になってしまったら、スルーハイクに必要な半年ほどの時間を取るのは難しくなる。スルーハイクにおいて最も大きな障壁は、お金でも、体力でも、技術でも、装備でも、知識でもなく、まとまった時間なのである。
社会に出たこともないくせに、ずいぶんと生意気なことを書き並べてしまったが、そんな世間知らずの学生だからこそ、空っぽでバカヤロウな今のうちにこそ、もっと広い意味での世界を見たいと思った。PCTを通して、出会う人たちの人生観や思想にも触れ、「今」しか吸収できないことがあると思った。
行こう。身が軽い今が好機だ。
「ふざけるな」――重みのある声で父は言い放った。
この決心をしたのが去年の夏。準備に残された時間はそう多くなかった。当時、都内で一人暮らしをしていた僕は、重い腰を上げて実家に帰り、両親の説得に励んだ。
「学校を1年間休んで徒歩旅行がしたい」
いきなりこんなメールが息子から送られてきたら理解に苦しむだろう。普段温厚であまり干渉しない父は、新聞を読む顔をこちらに向けることもせずに「ふざけるな」と静かな、それでいて重みのある声で言った。
話が突飛だったことを反省し、自分の思いの丈をきちんと文章化し、具体的な行程案、予算案、今後の身の振り方についてなどをメールや電話で親にプレゼンテーションした。さらに授業の合間を縫って実家に帰り、許しを請うた。
そうしたやり取りを繰り返すうちに、反対していた父が、納得というよりは折れたような形となった。
父に提示された条件は2つ。
1つは帰ってきたらきちんと就職をすること。
2つ目は旅費にまつわる一切合財は自己負担をすることだ。