ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

就活より大切な“今”を求めて――。
米国パシフィック・クレスト・トレイルへ。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

PROFILE

photograph byMiki Fukano

posted2013/04/22 10:30

就活より大切な“今”を求めて――。米国パシフィック・クレスト・トレイルへ。<Number Web> photograph by Miki Fukano

4月26日からパシフィック・クレスト・トレイルを歩き始める予定の大学生・井手裕介くん。

普通の大学生が、米国のロングトレイルを目指すまで。

 僕自身がいったいどんな人間なのか、そしてどうしてこのトレイルの踏破に挑戦しようと思い立ったのかを説明したい。

 現在、早稲田大学に通う4年生……と、言いたいところだが、2013年度の4月現在、休学中なので、正確には3年生を終えたところだ。休学をした理由はもちろん、この旅だ。

 大学では登山サークル(決して山岳部ではない)に所属し、冬山を除いた国内の山をテント泊・縦走スタイルで愉しんでいる。登攀技術を用いたり、厳冬期の山に挑戦したりすることは皆無で、昭文社が出している『山と高原地図』の破線ルートを歩くことにもサークルの幹事長をはじめとした会議での承認を要する、“素人山歩き集団”の一員だ。

 身長は172センチ、体重は52キロ。

 やせ気味の僕は極度の冷え性で、夏山でさえ、スキー用グローブを持っていかないと手先が動かなくなることがある。マラソンやトレイルランなども嗜むけれど、趣味は映画鑑賞や雑誌ハンティングなど。決して“マッスル・アンド・フィットネス”的趣向の強い、体育会系人間でないことがわかるだろう。

アメリカ西海岸を特集したある雑誌記事を読んで、PCTと出会う。

 そんな自分がどうしてこのロングトレイルに挑戦しようと思い立ったのか、それには一言、「ロマンだよ」と返すほかない。

 アメリカ西海岸。この言葉を聞けば、ある種の人間ならきっと胸の高鳴りを抑えられないだろう。

『怒りの葡萄』のモノクロ世界から、サマー・オブ・ラブ、「POPEYE」的なキャリフォルニア発のモノやビーチカルチャー、それにマイク・ミルズやハーモニー・コリン、トミー・ゲレロといったアート系アウトサイダーの文脈まで。まったく枚挙に暇がない。

 自分もそうした人間の一人で、このトレイルを知ったきっかけも、アメリカ西海岸を特集した雑誌のタイアップ記事であった。友人からプレゼントされたことがきっかけで読み始めたその『TRANSIT』という雑誌には、毎号PCTがセクション毎に綺麗な写真と文章で紹介されており、一気に魅了された。

「ピークハントを目指さない山歩き」という文化があることに興味を抱いた僕は、それ以来国内で手に入る資料を読み漁り、このトレイルに対する憧れを強めていった。当時は学生のうちに挑戦するなんて気持ちは毛頭なく、「いつかは」という程度の気持ちだったが。

 しかし、3年生の夏にサークル活動を引退し、同期の皆が就職活動にむけて髪を暗くし、髭を剃り始める姿を見て、僕は自分の抑え難い欲求を少しずつ周りに吐露し始めていた。

「こういうトレイルがあってさー」

「もともとルーツがカウンターカルチャーにあるみたいでさあ」

「やっぱ憧れちゃうわけよ。アツいと思わない?」

 PCTの魅力。それを口に出せば出すほどに、自分の気持ちがアメリカ西海岸に傾いていくことに気付いた。

 さらに「自分が今、本当にやりたいことってなんだろう」という青臭いことを考えたときに、少なくともイイ会社に入って、ユタカな暮らしをすることではなかった。

【次ページ】 「いつやるのか?」から「身が軽い今が好機だ!」へ。

BACK 1 2 3 4 5 NEXT

他競技の前後の記事

ページトップ