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<北京の熱投から4年> 上野由岐子 「やっぱりソフトボールしかないのかなって」 

text by

矢崎良一

矢崎良一Ryoichi Yazaki

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photograph byMutsumi Tabuchi

posted2012/09/06 06:01

<北京の熱投から4年> 上野由岐子 「やっぱりソフトボールしかないのかなって」<Number Web> photograph by Mutsumi Tabuchi

「今はピッチングがすべてではない」と上野が話す真意。

 それに今はピッチングがすべてではないので。「今日の練習、なにしよっかな」なんて考えて、「よし、今日は外野でノック受けてみよう」とか、そういうのも楽しんでる。だから続けられているのかな、とも思うし。今までとは目標設定のベクトルが違うんです。今までは「勝ちたい」という方向性の中で、いかに苦しい練習を楽しくやれるかを追求していたけど、今はもう勝ち負けとかは二の次の問題で、正直言って、どうでもいい。自分がどれだけ楽しくソフトボールをやれているかですから。

 投げることだけでなく、打ったり、守備に就いたりも、やりたい時にやる。それで、「ソフトボール、今日はめっちゃ楽しめたな」みたいな感覚になれたら。それが今はすごく重要ですね。

 投手が打席に立てば死球というリスクもある。だから北京五輪までは、好きなバッティングも封印してきた。そうした足枷も今はない。とある日の試合、「4番・ショート」として出場した上野は、ホームランを打ち、観戦に訪れたファンを喜ばせた。そこには真剣な中に、どこか楽しげにプレーする上野がいた。最近はこうした機会が増えている。

五輪後に代表辞退をしていなければ、きっとバーンアウトしていた。

 一足飛びにその境地に達したわけではない。4年という時間を掛けて辿り着いた。心にぽっかりと空いた穴の大きさは、他のどの選手よりも大きかったはずだ。そのため五輪後の日本代表への招集を辞退している。周囲からは「わがまま」と非難する声も挙がったが、上野には違う次元での葛藤があった。

 最初は目指す方向がわからなくて、あぁもうイヤだな、って。どうしていいかわからない自分がイヤだったんです。でも私は、あそこで一度代表を抜けたことによって、今があると思っています。あのまま代表で続けていたら、金メダリストとして、国際試合でもすべて勝たなきゃいけない。そういう重圧の中で、きっとどこかでバーンアウトしていた。

【次ページ】 母親から言われた言葉で、腹をくくることができた。

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