ロンドン五輪探検記BACK NUMBER
澤穂希はなぜ特別な存在なのか?
超一流たちに見た「走る」の奥深さ。
text by
Number編集部Sports Graphic Number
photograph byRyosuke Menju/JMPA
posted2012/08/03 10:30
めまい症を患い、一時は五輪での活躍も危ぶまれたが、チームの中心として戻ってきた澤穂希。4年前の北京五輪、宮間あやに「苦しい時は、私の背中を見て」と声をかけたと言われるが、その姿勢は今も変わらない。
ビーチバレーで見たバックステップの効果。
他の会場とは離れたビッグベンの近くで行なわれている女子ビーチバレーの1次リーグを見にいった。
深夜23時スタート。予定していた取材を終え、一度くらいは見ておきたいという理由で足を運んだのだが、そこで繰り広げられているプレーの質の高さに驚いた。
もちろん登場したのが、アメリカのケリー・ウォルシュ&ミスティ・メイトレーナーというアテネ、北京とオリンピックを連覇しているコンビだったということが一番の理由だろう。
だが、驚いたといっても、単にスパイクが強烈だったり、コンビネーションプレーが優れていたからというわけではない。彼女たちがどれだけ頭脳を使って試合を進めているのがわかったからだ。
なかでも知性を感じさせ、ビーチバレー観戦初心者にもそれが戦略的な動きということが理解できたのが、相手ボールの際にウォルシュが見せた、わずか数歩の、しかもバックステップによる「走り」だった。
「走り」が相手の視界に入って、プレーに迷いを生じさせていた。
ネット際に立つ彼女は、向かい合う選手がボールを打とうとする瞬間、少しでも相手の体勢が崩れていると判断すると、無理にブロックに飛ぶのではなく、ススーッと後ろに2、3歩走っていくシーンが何度も見られた。
その「走り」が相手の視界に少なからず入って、プレーに迷いを生じさせていたのだ。
もちろん綺麗に相手のスパイクが決まることもあったが、ウォルシュが走ることによって、相手は素直にスパイクを打つのか、ネット際に落とすのか、コートの隅を狙うのか、判断を揺さぶられているように見えた。
そして、重要な局面でことごとく揺さぶられた相手は失点をしてしまっていた。
早いラリーのなかで、わずか数歩だけ走る(しかも後ろ向きに)ことによって、打つ側から主導権を奪ってしまう。ビーチバレーの女王は100mやマラソンなど陸上のトップランナーとは違う意味で、「走る」を極めているのかもしれない。