アテネ五輪コラムBACK NUMBER
【ドリーム・チーム史上最大の挑戦】 松坂の気迫がキューバを圧倒。
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byTsuyoshi Kishimoto/PHOTO KISHIMOTO
posted2004/08/19 00:00
日本のエース・松坂の気迫の投球が、打倒・キューバの夢を実現した。
アテネ五輪野球の日本代表は17日、本大会最大のライバルとなるキューバと対戦、先発・松坂は4回に右腕に打球が直撃というアクシデントもものともせず、9回途中まで世界最強打線を完封。最後は3点を奪われ石井の救援をあおいだもののほぼ完璧な投球で、日本代表にバルセロナで野球が正式種目に採用されて以来、対キューバ初白星という貴重な勝利をもたらしたのだ。
エリニコ・オリンピック・コンプレックスにあるベースボール・フィールド1。キューバと日本のファンが応援合戦を繰り広げる熱気が、一瞬にして凍りついた。
4回、先頭のエンリケスを内野ゴロに打ち取った直後、ゴリエルへの初球だった。鋭いライナーが松坂を襲う。体をひねってよけようとした背番号18だったが、打球は右腕に当たって三本間にはねた。ベンチを飛び出した中畑ヘッドが慌てて駆け寄った。一度はボールを拾い上げた松坂が、タイムがかかると同時に思わずそのボールを地面に落としてしまった。
完璧な立ち上がりだった。「キューバ打線は積極的な打者が多いし、コースに気をつけて、でもコースに気をつけすぎて腕が振れなくならないように気をつけた」立ち上がりから150kmを越すストレートが走った。スライダー、フォーク、カットボールとのコンビネーションで凡打の山を築いていた。3回は先頭のスクールに四球を許し、初めての走者を背負ったが、後続をピシャリと経った。そして迎えた4回のアクシデントだった。
ベンチ裏に下がって治療を受けた松坂だが、気力は全く衰えていなかった。
「大丈夫。行かせてください!」真っ赤にボールの跡がついた右腕をコールドスプレーで冷やしながら中畑ヘッドに直訴した。「アイツの気迫に押されたよ」心配する首脳陣に続投を決意させたのは、まさに松坂自身だった。
マウンドに戻った痺れが残るのか右腕を上げて振ったり、握力が戻らないのか何度か拳を握る仕草を見せたが、マウンドに立てば全くそんなアクシデントは忘れさせる快投のリスタートだった。最初の打者のウルティアに中前安打されて一、二塁とされたが5番・セペタをフォークで、続くペスタノをスライダーで連続三振に仕留めてピンチを脱出。その後も8回まで4安打6奪三振と完璧な投球でキューバ打線を封じ込めた。
このエースの気迫ピッチングに打線も答えないわけにはいかなかった。2回にはこの大会、不振にあえいでいた和田が「(チームメートの)松坂が投げるときには打ちたかった」と左越えに2ラン。4回には女房役の城島、シドニーからのチームメートの中村が連続アーチをかけて援護射撃をする。7、9回にも犠飛とラッキーボーイ・藤本の適時打で1点づつ追加した。
疲れの出た9回には4安打を浴びて3点を失ったが、最後は石井が連続三振で締めて、予選リーグとはいえキューバから待望の1勝をもぎ取った。
この日、球場に向かうバスの中で長嶋監督からキューバ戦に向けたメッセージが伝えられた。宿舎の部屋では出発前に送られた「キミが日本のエースだ」というミスターからの手紙をいつもみえるところに置いている。「自分たちの力を出しきれれば勝てる相手と思っていた。この白星を監督に見てもらえれば嬉しいです」試合後の松坂は右腕の痛みも忘れて白い歯をこぼした。
トレーナーによる診断は右上腕部の打撲。当面はアイシングと圧迫で内出血を抑える治療となるが、予定される準決勝での登板もGOサインは出された。
「大事なのは優勝すること。松坂はいい投球をしたが、一人の投手だけでわれわれを抑えることはできない」試合後にこう語ったのはキューバのベレス監督だった。そう、この大きな1勝を生かすのは、最後に待っているキューバとのもう1試合を何としてもモノにする以外にはないのだ。ただ、苦手意識の強かったライバルに対して敢然と立ち向かった松坂のマウンドから、日本は決勝戦での再戦に最も大切な勇気をもらった。