Column from GermanyBACK NUMBER
ヴォルフスブルク、歓喜のとき。
~マガト監督が見せた「復讐劇」~
text by
安藤正純Masazumi Ando
photograph byBongarts/Getty Images
posted2009/05/27 06:01
ヴォルフスブルクがリーグ初優勝を果たした。ここで「おめでとう」と最初に伝える相手は、選手ではなくてマガト監督である。指導者なのだから当然、と考えるのは早計だ。感情を持つ1人の人間としてマガトは、かつて自分を侮辱した相手をいつの日にか屈服させ、恨みを晴らしたい気持ちをずっと抱いていた。その彼が、ようやく今回の優勝で『復讐劇』を完成させたのである。彼以上にマイスターの喜びを実感できる者もいないはずである。
“都会”を追われたマガトが“田舎町”で見つけた幸運。
2年前、それまで2年連続2冠を達成していたチームを突如解雇された。バイエルン・ミュンヘンにあってリーグ4位などは到底我慢できる順位ではなく、ボーフムと0-0と引き分けた日に彼の運命は決まった。マスコミがいち早く察知し、ラジオがニュースで伝える。マガトは6歳の息子を連れてドライブの最中だった。ニュースを聞いた息子に父親は、なぜ自分が仕事を失ったかを説明できなかった。その心境、察して余りある。
すぐさま辛い浪人生活が始まった。すでに自宅をミュンヘン南部に購入してあったので、どこかへ引っ越しすることもできない。数カ月後、新しい職場が決まる。ミュンヘンから鉄道で6時間近くもかかるヴォルフスブルクだ。人口12万人は135万人の大都会に比べたら田舎町である。だがここでマガトは人生最良の幸運に巡り合う。同時期、親会社フォルクスワーゲン(VW)の新社長に元アマチュアサッカー選手経験のあるマルティン・ウインターコルン氏が就任、サッカーに理解の深い新社長はマガートに現場の一切合切を任せることにしたのである。そのおかげで指導、人事、移籍、編成などチーム運営の全てを一人で仕切れるようになった。マガトは世界一のフリーハンドを得て、自由自在に理想のチーム作りへと邁進した。
バイエルン、許すまじ。恨みはらさでおくべきか!
その後の展開は夢のよう。初年度5位でUEFAカップ出場権獲得、そして2年目の今季はブンデスリーガタイ記録に並ぶ10連勝、そしてグラフィッチとジェコの2トップで計54ゴール、という新記録を作ってしまった。2年間で選手獲得に投資した金額は6000万ユーロ(約78億円)に上るが、親会社は「優秀なFWがゴールを生む。ゴールはタイトルをもたらす。タイトルはVW車販売に貢献する」の信念で、一度もマガトのやり方に文句をつけたことがなかった。
5月16日の33節。アウェーでハノーバーを5-0で粉砕し、チームは2位以内を確定した。ハノーバー戦を終えたマガトは家族が待つミュンヘンに戻り、夕食をレストランでとり、日曜日には息子たちと自転車で森を走るなどして過ごした。この森からバイエルンのクラブハウスまではほんの数キロしか離れていない。視線の先をこの父親は意識したのだろうか……。
バイエルンに対する彼の恨みはインタビューからでも、また試合からでも読み取ることができた。26節のバイエルン戦は5-1で大勝した試合だが、マガトは最後の5分間で、2点を奪い大活躍したFWグラフィッチを引っ込め、そして正GKベナグリオを補欠のレンツに交替させた。わざわざこのタイミングで怪我もしてないGKまで替える意味とは、バイエルンへの当てつけに他ならない。