佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER
佐藤琢磨 グランプリに挑む Round 9 アメリカGP
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta
posted2004/06/25 00:00
「待ち望んでいたリザルトです。応援してくれたすべての人に感謝し、ありがとうを言いたい」
佐藤琢磨がついにエンジン・トラブルの魔手から脱し、今季3回目の入賞を果たしたばかりでなく、前車を抜きまくる見事なレースを展開し、念願の初表彰台に登った。
予選は今季3回目のトップ3入り。しかし、2回ピットストップ作戦を採った琢磨陣営にとってオープニングラップから矢継ぎ早にセーフティカーが2回出動する戦況は不利に働き、1回目燃料補給では10位までポジションを落とした。
しかしそこから琢磨の“攻め”のスタイルがモノを言った。ウエーバー、クルサード、フィジケラ、ハイドフェルド、このレースがグランプリ150戦目になるパニス、そしてトゥルーリを抜いたところが念願の表彰台ポジションだった。
日本の琢磨ファンにとっては、エンジンから白煙が噴き上がらなかったことを天に感謝したいようなレースだったし、オーバーテイクのたびにハラハラドキドキしっぱなしだった。世界のF1グランプリ・ファンはそんな感傷とは無縁だった。
レースが終った後、筆者はヨーロッパ人ジャーナリストにニコニコ顔で握手を求められ「おめでとう! すばらしいレースだったじゃないか」と賛辞を贈られた。
続けて彼はこう言う。
「タクマ・サトーはヨーロッパでは日本人ドライバーとしてではなく、速いドライバーとして人気があるんだよ。ウチの息子もTVを視て彼のレースに熱狂してるクチだが、日本人であることは知ってはいるだろうけど、まったく意識していない。オーバーテイクするたびに『凄ェ〜ッ!』と嘆声を挙げている。イギリスは措いておくとしてもヨーロッパではジェンソン・バトンよりずっと受けがいい」
彼によれば、ここ10年、シューマッハーに真に戦いを挑んだのはハッキネンだけだった。他のドライバーは誰も本気でシューマッハーに挑もうとしていないし、ポジション・チェンジはピットストップでするものだと思っている。だからニュルブルクリンクの1コーナーのバリチェロのように易々と隙を見せてしまう。自分を追い抜くドライバーなんかいないと思い込んでるのだ。そういう状況の中ひとり琢磨が光っているし、それが世界の舞台での人気の秘密だ。20人の琢磨がいればF1はもっと面白くなる、というのだ。
F1グランプリシーンの太平の眠りを覚ます“逆”クロフネがタクマ・サトーなのであり、彼はけっしてハラキリ・サムライでも、バンザイ・カミカゼでもヤマトダマシイだけでもない。F1ファンが待ち望んでいたファイターでありレーサーなのだ。
レースが終ってからトップ3ドライバーに群がるTVスタッフの数が、シューマッハーより琢磨の方が多いように見えるのは、日本人である筆者の判官びいきか。
アメリカ・グランプリの金曜日。記者会見の席上、タクマ・サトーをどう思うか? と訊かれたフェラーリのジャン・トッド監督は「彼は速いし、勇気があるし、決断が早い。時に早過ぎることもあるが」と、ニュルブルクリンクでのバリチェロとの一件を匂わせる発言をしている。しかしそれはどうあれ、佐藤琢磨はフェラーリに警戒されるほどのドライバーであることは間違いない。ニュルブルクリンク1コーナーでのバリチェロと琢磨の接触の一件は賛否両論あるが、FIAの規則統括責任者であるチャーリー・ホワイティングはドライバーズ・ブリーフィングで「あの件で仮に私がペナルティを与えるとしたらルーベンスの方に与える」と言ったと伝えられる。
前にクルマがいれば、迷わず抜く。誰にでも躊躇なく仕掛ける。この実に分かりやすいタクマ・スタイルが世界で受ける。しかしそれはレースの基本中の基本ではないか。
エンジン・トラブルと表彰台登壇のプレッシャーから開放され、アメリカGP3位の実績を引っさげてヨーロッパ・ラウンドに凱旋する佐藤琢磨に、より熱い期待がかかる。