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松葉杖にお別れを〜グラント・ヒル。 

text by

小尾慶一

小尾慶一Keiichi Obi

PROFILE

photograph byNBAE/gettyimages/AFLO

posted2005/03/02 00:00

 先日行なわれたオールスターゲームで、グラント・ヒルがアリウープを決めた。

 アリウープとは、空中でパスを受けてそのままダンク(※レイアップも可)を叩き込むプレーを指す。運動能力とセンスが要求される難易度の高いプレーだが、NBAではそれほど珍しいものではない。加えて、ヒルのアリウープは高さも迫力もなかった。

 それでも、その瞬間、世界中で多くのファンが歓声を上げたはずだ。

 1972年生まれ、身長203センチのフォワード、グラント・ヒル。94年にドラフト3位でNBA入りすると、彼は瞬く間にスターダムに登りつめた。NFLの元スター選手を父に持つスポーツ界のサラブレッドは、得点、アシスト、リバウンド、すべてに一流だった。NBA史上、デビューから6季連続15点・5リバウンド・5アシスト以上を達成した選手は彼を含めて数人しかいない。唯一の弱点と言われたジャンプシュートも見事に克服。6季目には平均得点が25.8にまで達した。実力に加えて、穏やかな人柄や洗練された物腰も評価された。幅広い層から支持を集め、オールスターの常連に。日本のテレビ番組に登場した時には、女性出演者から「ヒル様」と呼ばれた。

 ヒルは未来のNBAを背負って立つ存在だったのだ。2000年のプレイオフで、足首の故障が深刻になるまでは。

 昨季までの3シーズン、ヒルは47試合しか出場できていない。手術は5度受けた。感染症で、病院のベッドから起き上がれないこともあった。引退がささやかれる中、ひたすらリハビリを続け、気が付くと32歳。選手としての全盛期は過ぎていた。

 その彼が、5年ぶりにオールスターのコートに戻ってきたのである。今季はほとんど欠場をせず、オールラウンドな活躍で11月にはプレイヤー・オブ・ザ・ウィークを受賞。昨季ひどい成績に終わったオーランド・マジックが、彼の活躍でプレイオフ圏内に留まっている。もちろん、かつての支配力はない。個人成績もオールスター出場選手の中では平凡で、主要3部門(得点・リバウンド・アシスト)の平均を足した数は27・2に過ぎない。

 それでもファンは彼を選んだ。彼の復活を喜んでくれた。得票数は約150万票。開幕前はダンクすらできなかったヒルにとって、あのアリウープは彼なりの「ありがとう」だったのだと思う。

 SI.comの特集記事によると、松葉杖生活が長かったせいで、ヒルはありとあらゆる種類の松葉杖を持っているという。それらが不要になり、その代わりに優勝リングの置き場所を考えなければならない日が来るのだろうか。

 NBAを見る楽しみが、またひとつ増えた。

■オールスターの主役たち

オールスターゲームでカナダ国家を歌ったのは、グラント・ヒルの妻、タミアだった。タミアはカナダ生まれのR&Bシンガー/ソングライター。グラミー賞にも5度ノミネートされている有名なアーティストだ。1999年に結婚してから、タミアはグラント・ヒルの苦難の時代を見守ってきた。彼女自身、2003年に多発性硬化症となり、腕をまともに動かせなくなったこともあった。大勢のファンの前で、グラント・ヒルがアリウープを決め、タミアが歌う。今年のオールスターは、彼ら家族にとって、真の意味で宴だったのである。

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