佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER
自らへのけじめとして
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)
posted2005/07/13 00:00
「琢磨が居ない……!?あ、止まってる!」
フォーメイションラップが終わって、バリチェロとシューマッハに挟まれたアウトサイド7位のポジションに着くべき琢磨がいないことにまっさきに気がついたのは、プレスルームの前の席の仕事仲間だった。
反射的に横を見る。ピットロード窓側に取った席の真下がBARホンダのピットパーチであり、その向こうに着くべき琢磨が居ない。顔を上げるとモニターTVに、グリッドの後ろにポツンと取り残された琢磨が映っている。
レースが始まり、琢磨車排除のためセーフティカーが入り、ピットに押し戻された琢磨車のエンジンがなかなか再始動せず、ようやくピットを出て行った時は1周遅れ。いったい何が起きたのか……。
モントーヤが今季初優勝を飾り、リタイアたった1台だった今年のイギリス・グランプリを琢磨は16位でフィニッシュ。その1時間後の記者会見に現れた琢磨の顔はいつもより強張っているようにみえた。
「フォーメイションラップでいつもどおりタイヤのウォームアップをして、それにはトラクション・コントール切ったりとか、スタートに向けていろんな手順があるんですけど、今日はその手順を単純に間違えて、操作ミスでエンジンが止まってしまいました」
いまのF1のステアリングにはファミコンのコントローラーもかくやと思われるほど多くのボタンやスイッチ類が付いていて、操作が煩雑であろうこと十分に想像がつく。
本来、マシンの進路を決めるための“舵”であるステアリングも、現代F1にあっては様々な操作機能と、情報センターの役割を担当する。おそらくはボタンの押し間違いといった単純なミスでエンジンは息を止め、コースマーシャルが押してもすぐには動かなかったところをみると、ギヤが噛み合ってしまっていたのだろう。そのロックをキャンセルするにも一定の手順が要るらしい。
1周遅れからの追い上げでポイントを採ることなど不可能だが、それでも琢磨は何台かのマシンを抜いて来た。次戦ドイツでの予選発進順位を少しでも上げるためと、琢磨自身が言うように「ああいう状況の中で、ボクをレースに送り戻してくれたチームのスタッフ全員のためにも、世界中で応援してくれるファンのためにもいいレースしたかったし、自分へのけじめもあって……」最後までレースを投げなかったのだ。
悔しく、腹立たしい思いで走っていたことは想像にあまりある。前日の予選終了後「レース走るの楽しみですね。いいペースが維持できればきっと確実にポイントは取れると思うので、そういう走りをしたいと思います」と言っていただけに、なおさらである。
前半戦のBARホンダはマシン・トラブルや出走禁止など、戦う以前の問題に悩まされていたが、後半戦に入って持てるパフォーマンスを出し切れるようになって来た。琢磨も金曜日の電気系の火災による周回数不足を克服して予選7番グリッドを得た。
「今日はけっこう燃料積んでいて、戦略的にもポイントを獲得できる可能性は大いにあった。最終的に結果につながらなくて本当に残念に思ってます。予選から決勝に向けてのクルマ造りはベストを尽くしたと思うので、そのあたりは次のグランプリにつなげて行きたいなと思います」と、手応えを感じていたレースだったのだ。
ピンチの裏にチャンスあり、は野球の箴言かもしれぬが、昨年の琢磨はポールポジション獲りに失敗したカナダの次戦アメリカで表彰台に乗った。
「スタートに向けての操作方法の手順をもういちど見直して、今後こういうことが起きないようにして行きたい」という次戦ドイツ・グランプリに期待したい。