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世界一退屈な街の世界一贅沢なフットボール。
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph byNaoya Sanuki
posted2008/12/04 21:39
「チャンスをくれたこの国に感謝しています。将来はW杯に出たい。ソマリアでは未来を描けないので、カタール代表でプレーする方が現実的ですね。パスポート?― 簡単に取れますよ。長い間、ドーハに住んでいますから」
カタール代表が、いつかブラジルやイタリアを倒す日が来るとしたら……。歓喜の輪の中には、アセッドのような男がいるはずだ。勝利に飢えた異邦人が。
週末、ムハンマドとアズマ先生を誘い、アルガラファとアルホールの一戦を観に行った。入場料は300円。観衆は700人くらいいて、想像していたより多かった。
熱のないゲームだった。見境のないフェイントを繰り返すアフリカ人。延々と続く単調なショートパス。7年前に見た、チュニジアリーグを思い出した。
アルガラファには、アラウージョがいた。J1得点王に輝いたガンバ大阪のストライカーは、カタールでも昨年得点王の座を射止めたという。背番号10。あれだ、あれがアラウージョだ。いや、確信が持てなくなった。生気のない顔つきに不精髭、そして重いステップ。アラウージョという名の、別のブラジル人だろうか……。
試合に飽きた記者はやがて、退屈なはずの観客席の風景に目を奪われることになった。
アルガラファの応援席には、青と黄のけったいな半被を着込んだ黒人の集団がいた。浮き出た頬骨。落ち窪んだ目。無表情で、太鼓に合わせて手を叩いている。
ムハンマドが教えてくれた。
「出稼ぎのスーダン人です。1試合応援すると1500円もらえるそうです」
弱々しく、揃わない手拍子。世界一無気力なサポーターを、目つきの悪い鷲鼻のイエメン人が偉そうに仕切っていた。
インド人の売り子がイエメン人から小銭をもらい、紙吹雪の束をスーダン人の中に投げ入れていた。一束60円のその紙吹雪をスーダン人が無気力に撒き散らす。上部席には恰幅のいい白装束のカタール人が、ゆったりと座っていた。世界の縮図を見たような気がした。
ハーフタイムになって、電光掲示板に3桁の数字が10個並んだ。「ファンズ・ウィン」と呼ばれるクジの当選番号だった。チケットに番号が書かれていて、10名に7万5000円相当の商品券が当たるという。
観客が少ないので「もしや!?」と思い、チケットを確かめる。目の色を変えていたのは記者とアズマ先生、要するに日本人だけであった(スーダン人はチケットを買っていない)。
残念ながら、商品券は当たらなかった。取材者としての本分を取り戻し、カタールサッカーの未来に思いを馳せる。この国がブラジルに追いつく?― まさか──。
「僕、チケットを失くしてしまいました。あははは……」
ムハンマドの暢気な笑い声が、頭上から降ってきた。