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「マラソンはトラウマを積み重ねていくこと」大迫傑(32歳)が本音で語った哲学…「川内優輝」「フォームの伸びしろ」「父親として」

posted2023/11/07 17:00

 
「マラソンはトラウマを積み重ねていくこと」大迫傑(32歳)が本音で語った哲学…「川内優輝」「フォームの伸びしろ」「父親として」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

10月15日のMGCで3位になった大迫傑。レースの駆け引きと結果について詳細に語った

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涌井健策(Number編集部)

涌井健策(Number編集部)Kensaku Wakui

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Asami Enomoto

マラソンランナーの大迫傑選手が、11月2日に開催されたNumberPREMIERのスペシャルトークショーに登場。3位という結果だったMGCでのレース中の詳細な駆け引きを明かしつつ、今後のパリ五輪に向けた挑戦や前回は出走したニューイヤー駅伝をどう考えているのかも本音で語ってくれた。父親としての顔も覗かせた80分の赤裸々トーク、その一部を紹介する。

「勝ちきれなかった悔しさはありつつも、自分自身ではこの4年間で成長できたことも感じられました。それに常にあの場で戦えているのが、自分の強さなのかな、と。これを積み重ねていけば、いつか自分の一番いいレースができると信じています」

 10月15日に開催されたマラソン・グランド・チャンピオンシップ(MGC)。東京オリンピックで6位入賞を果たすなど、名実ともに日本長距離界の”フロントランナー”である大迫傑は3位だった。4年前のMGCと同じ順位で、前回は2位・服部勇馬に5秒差、今回は赤崎暁に5秒差。ギリギリの真剣勝負で、ほんのわずかに五輪切符内定となる2位以内に届かなかったことになる。

 だが、冒頭の本人の言葉にもある通り、3位となってなお大迫傑のマラソンランナーとしての強さを感じさせたMGCでもあったと思う。

「僕がレースを動かしていかなければならないんだな」

 強さのひとつは「継続性」だ。日本記録を2度更新し、重圧のかかるレースでも結果を残し、大きな故障をせずに走り続けている――その凄さ、難しさは前回と今回のMGCでともに10位以内に入った選手が、ともに3位の大迫と、4位→8位の大塚祥平のみであることからもわかるだろう。

 だからこそ、MGCでも多くの選手が大迫をマークした。そして大迫自身もそれを感じ取っていたという。

「川内(優輝)選手が最初にいきましたよね。誰がどのタイミングで追うかが重要だったと思うんです。いろんな選手が(差を)詰めようとしたけれど決定打にかけていた部分があった。そこで僕がレースを動かしていかなければならないんだな、と。よくもわるくも僕の挙動が見られているという意識があって、29km手前くらいですかね、ここからは追い付いたほうがいいと判断して僕自身が出たんです」

 大迫の動きに追随するかのように多くの選手がペースを上げ、追撃態勢が整うことになる。30km以降を勝負と考える大迫にしてはやや早い仕掛けのように思えたが、先頭との差、残りの距離、そして集団の空気感を察知しても極めて冷静な判断だったのだ。

「僕が1、2kmは引っ張ったと思うんですけど、その後はいろんな選手が引っ張っていたので、僕もエネルギーを使っていませんでした」

 そしてペースアップ直前、「ある選手」にだけ合図を送ろうとしたという。

「一緒に練習することも多かった鎧坂(哲哉)さんは確実に僕の意図をわかっていた気もします。いくときに鎧さんの顔を見たんです(笑)。目はあわなかったけど、伝わっていたはず。だからこそ先頭に出てくれたし、他の選手も僕と鎧さんが創った空気を感じてくれたんです」

マラソンはトラウマの積み重ね――その真意とは?

 もうひとつの大迫傑の強さが「精神力」だ。その精神力は我慢ができるといった一面的な意味での強さではなく、競技者としての経験を積み重ねると同時に考え方を柔軟に変えていける強さがある。

 MGCのレース直後の囲み取材で話をしたのが「夢中」というキーワードだったが、その意味を予想外の「トラウマ」という単語を交えて解説してくれた。

「マラソンって自分の中でトラウマを積み重ねていくことが多い競技です。あれだけキツイことを続けていると、30km過ぎは絶対キツくなる、自分の身体の次の反応はこうだ、と決めつけてしまう。変に冷静になってしまうというか、『壁』を作ってしまうことが多い。

 でも、自分で好きだからやっている、夢中でやっているという気持ちになれれば変わってくる。意識的に作りだすのは難しいけれど、(夢中になると)未来を想像しなくなるから、その瞬間で頑張れるし、その瞬間で頑張れる人がやっぱり強い。壁を考えずに走れれば自分の限界を越えられることにもつながるな、と。アメリカで1人で走っているときからそんなことを考えていました」

 経験を積んでも、マラソンを型にはめない、自分の身体の反応を予測しない――そうやって「壁」を作らないことによってトップを走り続けていられるのだろう。

学生時代からの「フォーム」の進化を詳細に語った

 また80分のトークショーでは、これ以外にも多くのことを語ってくれた。

・川内優輝選手とのゴール後の邂逅の「真相」、そしてメディアでの川内発言に思うこと。

・一時的な引退後の「変化しない肉体」と「ポジティブになりすぎないメンタル」とは?

・レストランでの「バイキング」の例を出しつつ語ってくれた、Playing Directorとして参画しているGMOインターネットグループの選手に伝えている大事なこと(これはトーク翌日の東日本実業団駅伝の結果を見て納得)。

・初めて(?)詳細に語ってくれた学生時代からの「フォーム」の進化と伸びしろ、市民ランナーにも参考になる歩き方のアドバイス。

・MGC後に、家族とUSJに遊びにいったときに感じた「ありえない」とディズニーランドとの違いとパパとしての側面

 質疑応答の時間では、Number1084号でインタビューに応じてくれた川内優輝選手からお預かりした「サプライズ質問」も飛び出した。「うわ~難しいですね」と大迫選手を悩ませた質問とは何か、またそれにどう答えたのか。ちなみに、ある意味、悟ったような大迫選手の回答によって会場は笑いに包まれた。

 次のレースはどこになるのか。そこでどんな走りを見せてくれるのか。マラソンのトラウマとも向き合う32歳が、日本長距離界にはまだまだ必要だ。

【全編はこちら】トークショーのアーカイブ動画は、雑誌ナンバーの記事がすべて読めるサブスクNumberPREMIERの大迫傑「マラソンが教えてくれること」からご覧になれます。

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