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バレーで欧州3カ国を渡り歩いた男。
古賀太一郎、海外との向き合い方。 

text by

米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byKiyoshi Sakamoto

posted2018/05/15 17:00

バレーで欧州3カ国を渡り歩いた男。古賀太一郎、海外との向き合い方。<Number Web> photograph by Kiyoshi Sakamoto

全日本に選ばれた古賀は、「メンタルで負けずに世界としっかり戦える集団になる手助けができればと思います」と話す。

フィンランドで視界が開けた。

 古賀が初めて海外に出たのは2015-16シーズン。最初はただ出場機会を求めての選択だった。国際武道大学からVリーグの豊田合成トレフェルサに入社したが、豊田合成には兄の古賀幸一郎がいた。幸一郎は絶対的な守護神で、太一郎の出番は少なかったため、活躍の場を求めるうち海外に目が向いた。

 最初の挑戦の場となったのは、古賀が「マイナーリーグ」と言うフィンランドリーグだった。そこで視界が開けた。

「もともと海外に興味があったわけではありません。海外で試合に出て、その後日本に戻って、兄貴とうまくスライドできればいいかなという考えでした。でも一度外に出てみたら、目標が変わったんです」

 海外でスキルアップし、よりレベルの高いチームへステップアップしていきたいという欲が生まれた。

リベロ部門で成績残し契約オファー。

 フィンランドで活躍すると、翌年はよりレベルの高いフランスリーグのパリ・バレーに所属。そして今シーズンは、イタリア、ロシアと並び世界トップレベルのリーグと言われるポーランドのザヴィエルチェに移籍。ポーランドリーグでプレーした初の日本人選手となった。

 古賀はリベロ部門トップの成績を残し、下部リーグから昇格したばかりのチームを16チーム中9位に押し上げた。

 来シーズン、ザヴィエルチェはより多くの資金を投入して実力選手を獲得し、プレーオフ進出を狙うという。そのチームが、早々に古賀に来季の契約を持ちかけた。

 ポーランドリーグには外国人枠があるため、リベロに外国人選手を使うこと自体がまれだ。しかも選手の移籍市場はスパイカーから先に動き、通常、リベロが決まるのは最後だという。しかしザヴィエルチェは「このチームは一番最初にリベロを決める」と古賀にオファーを出した。

「うちのエージェントも、『そんな話は聞いたことがない』と驚いていました」と古賀は言う。なんとしても手放したくなかったということだろう。

【次ページ】 当初はプロ転向を考えていなかった。

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